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    自分を駆り立て 自分の人生を試す エゴへの対処。。。

    • 2013.10.16 Wednesday
    • 14:53

    最近 悟り について 興味があり
    今の自分の生活に照らし合わせ考えたり  本を読んだりしています。

    現在 チャネリングに関する”霊性の高い人”の項 を読んでいますが
    参考になるものを書き留め
    自分なりの言葉に要約し 抜粋し 覚書きとしています。

    私自身のニュアンスに(私自身の人生においての 理解している部分を)
    書き換えられていると考え また ご興味のある方は
    ”バーソロミュー” の本を手にして お読みください。


    □*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□

    ・・・霊性の高い人・・・

    自分の悩みを
    誰も 完全に理解し 克服することは出来ない
    のだ
    と 悟った人に
    他人を裁くことなど出来るでしょうか?

    自分が調和のとれた精神を24時間いつも保つ事が出来ない
    と解ると
    それを 他人に期待するのは 無理だと 悟る


    そこで
    他人に対する思いやりの 心・慈悲の心が 生まれてくるのです。

    同時に
    「全く望みなし」という感情が生じる。
    「望みなし」の状態にある人というのは
    人生を理解することなど出来ない という基本的叡智にやっと達し
    抵抗 を止めた人


    理解しようとすると 自分で自分に頭痛の種を作るだけ。
    頭で何かを理解したと思った瞬間
    頭は その行動に理由づけをし 解決した気になる

    そして
    その人は もう その問題を考えようともしなくなる

    自分に正直な人であれば
    他人から傷つけられる事は 何度も何度も起こる事。
    と認められる
    はず。

    人生の基本的真実を 心の奥深くで理解すると
    他人からまた傷つけられるのではないか

    心配する必要が無くなる

    そして
    その真実とは
    「あなたの人生に関わる全ての人 世界中の全ての人の心の平安を求めている」
    という事。

    他人を傷つけてしまったり 他人から傷つけられたりした時も
    その行為は 決して 意図的なものではない理解できると
    心の平安を求める助けになる。

    人は 憎しみや悪意から他人を傷つけるのではなく
    無知と恐れから 人を傷つける

    頭で物事を理解しようとすると 何もわからなくなる。
    誰かを目の前にして 自分とその人との関係を
    何とか頭で解ろうとする。
    こういう事を
    自分の子供や 自分の親に対して やっている。
    理解できれば もう傷つけられないですむと
    自分にいつも言い聞かせている


    頭で人生を理解する事は出来ない。

    人生は そんなに単純では無く 自分で思うほど あなたも単純ではない、
    あなたは途方もなく 広大無辺な存在です。

    霊性の高い人 とは

    理解の城に達しようと 何年も苦心惨憺した人。
    あらゆる種類のヨーガをやり 禅を学び なんでもやってみた人。
    そして 最後には
    「私とはこういう私なのだ」という事を理解
    する。

    弟子として 深遠な教えを学ぶ時に 人は
    「老師やグルは自分の知らない事を知っている」という考えを持つ

    問題
    何かを知らないという事では無く
    何かを見つけなくてはならない あるいは この瞬間以外に何か必要なものがある
    と あなたが考えている事

    あなたは 自分に何かが足りない 何かは掛けているといつも思っている。

    あなたのエゴはいつも
    心配するな 悟りはすぐそこだ。 もう少し頑張れ。
    素晴らしい人が現れ そのh地尾の話を聴いたら 悟りの境地に達せられるから

    囁き続ける

    誰かから 与えて貰わなくてはならないと思っている限り
    悟りの境地に達する事は出来ない。

    求める人は 求め続ける。

    見つける人は 「悟りを理解する事は出来ないし 理解する必要もない
    それおそのものを生きるしかない」と悟る


    一瞬一瞬を生きるという生き方が たった一つの神秘。

    自分自身に対する 最良の贈り物は
    人生は これ以上良くならないという事実を受け入れる事。
    未来のある時を待ち続けていると 「明日」「いつか」を次々生み出してゆくだけ
    今日こそ が毎日であり 今日こそが 全ての日。
    今日こそがその日なのです。

    求めるのを止め
    「これ以上 頭を使う事は出来ない。
    身体をこれ以上 鍛える事もできない。
    出来る事はすべてやった。
    出来る限りの事はした。」と納得し
    今や ただ 自分の無力を感じる・・・

    そう言った瞬間。 心からそう思った瞬間
    エゴは 抵抗を捨てる

    求道ゲームを演じる様にしたのは エゴ。
    勝てないと分かった時「死ぬ」のは エゴ。

    この真理があなたの意識に入った瞬間
    エゴのパワーは無くなり
    あなたを駆り立てるのは止め あなたの人生を試す事を止める

    エゴは 素直に抵抗を捨て 降参する。
    本当のところ
    エゴは決して死ぬことは無く ただ 降参するだけ。







    □*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□

    赤い糸の繋がり・・・***

    • 2012.04.11 Wednesday
    • 09:09
    JUGEMテーマ:スピリチュアル
     



    死の「壁」を超える
    SUPERLOVE
    本当の幸福、愛とは?

    〜坂本 正道 著〜より




    ゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚..:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:

    =以下 一部抜粋=


    互いに愛情を感じ 惹きつけ合う場合
    心と心が何かで結ばれた様な感じがしないだろうか

    それが意識の糸。
    それは
    死後も時代も超え 場所を越え繋がっている。
    愛にはそれだけの力がある

    ただ
    これは愛の様に肯定的な感情の場合だけではない。
    憎しみ 恨み 怒りといった 否定的な感情の場合でも
    それが原因で引き付けられて行く。

    少なからず 縁 繋がりがある。

    愛情と憎しみを共に感じる場合もあるので
    関係はどちらかというと 「しがらみ」と言った方が適切かもしれない。

    幾世を越えても 巡り合い 関わり合う縁の中には
    途中で別れるなど 満たされない気持ちがあると
    特に 二人を結びつける

    もちろん
    愛情があるだけでも 結びつくのだが
    それが 不完全燃焼だとなおさらということになる。

    強い 愛着心 執着心が二人を引き付ける。

    愛情には心を開かせ 霊的な進歩を促す力がある
    このように 輪廻の元になる場合も多い。


    人と人の結びつきは必ずしも良い関係ばかりではない。
    一つ言える事は その同じ関係が そのままの形で別の生でも続いてゆく。

    ある例がある。

    ある女性はある男性と結婚しその男性は 女性に暴力を振るう。
    耐えられなくなり 退行催眠による過去世療法を受ける事にした。
    するとわかったのは この男性とは 過去世でも家族だった。
    その生では男性は父親で 彼女は娘。
    この生でも彼女はこの男性 つまり父親から虐待を受けていた。

    この虐待関係とは 生を代えて続いてゆく。
    彼女の何かがそうさせ また 彼女は 潜在的にそれを求めている。

    これはある意味怖い話。

    ある人から逃げられたと思っても
    いづれまた別の生で会う事になる。
    しかも同じような関係が新たに出来上がる。
    虐待関係とか 敵対関係などはそれに当たる。

    だから

    悪い関係がある場合。

    逃げずにその関係を今生で改善し
    好転させておくことが必要

    悪循環 悪の連鎖は どこかで断ち切らないといけない。

    ゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚..:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:



    幾世をも 巡り合い 関わり続け合う
    人と人との関係の中には 特別な 見えない絆を感じ合える人が居る。


    一つ一つの出会いを
    その人が どんな風に 築き上げて行こうとするのか・・・


    今ある 一つの出会いが その次の世にも
    良い繋がり また 悪しき方向に その繋がりを続けてしまうものがある。


    私が これまで生きて感じるのは
    地球上にどれだけの人が居たとしても わたし自身が出会える人は 限られている。
    そして 生を受け 出会える人達の中にも
    繋がり続けられる人というのは 限られる。


    でも 確かに
    目に見えない強い繋がりを感じる人も居て
    そんな人との繋がりは 距離とか何らかの枠を越え何かに囚われる事無く
    繋がり続けられる事が出来る 不思議に感じられる人が居る。



    一つの出会いは その人の心をも映す。
    どう その関係を築いて行こうとして行くのかに その人の心が現れるのだ。

    一つの出会い
    その関係をどう築き上げて行くのか。。。


    いい加減な物言いをすることも
    傷つけようとすることも
    そして
    愛を持って それを育て続けようとすることも
    どれも たやすい。


    互いの心は その関係の築き上げるその様が
    その目に見えないはずの心を 形となって映し出されてゆく。

    その関係をどう築いてゆけるのかは
    互いの心の 在り様・・・

    一つ一つの出会いを大切に♪



    わたしは・・・ あなたは・・・
    どんな風に 人と その絆を繋いでゆきたいのだろう
    。。。

    その繋ぎ方に 人の心は その姿をあらわにされている♪

















    ゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚..:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:

    魂の家族・・・******

    • 2012.03.08 Thursday
    • 22:28
    JUGEMテーマ:スピリチュアル


    ゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚..:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.

    霊界散歩 =はる 著 より=

    ゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚..:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.
     
    =心から理解し合える 魂の家族=

    この世で一生を送る間に出会う人は 果たして何人か?
    ごく親しい人というのは
    あなたと趣味があったり 心が通じあったり
    またとても尊敬したりなど 短い期間ではなく
    それこそ 一生のお付き合いが出来る人たちの事。

    そういう人たちとあなたは 実はあの世でも とても深い繋がりがある。

    あの世というのは魂のレベルによって いくつもの階級に分かれている。
    そして
    その階級層で暮らしている人々は同じ波動を持つ人間同士
    それぞれが 一緒にいる

    まるで
    人口40人ほどの小さな村が
    (もっと大きな人が暮らす町の様なケースもある)
    いくつも点在している様なもの。
    それぞれの村では そこの住人と 同じ波動を持つ魂でなければ暮らせない。
    たとえあなたが 『ここがいい』とほかの村で暮らし始めたとしても
     自分の趣味や考え方に合わず とても 居心地が悪くて
    すぐに飛び出してしまう事になる。

    そこは 魂の故郷。

    同じ波動を持つ人々だけが暮らす穏やかで温かな小さな村
    この世に生まれる前 そして
    そのずっと前から あなたはこの村で暮らしていた。
    そして
    その村で暮らす人々、
    それが あなたの本当の家族 『ソウルグループ』

    ソウルグループは
    大きな愛に溢れ いつも村人同士がいたわり 愛し合い暮らしてる。
    本当に心地よい場所だが 彼らも そうそうのんきに暮らしていられない。
    霊界で暮らしていても
    常に魂のレベルアップを考えなければならない。

    つまり
    その村の誰かがこの世へ行って厳しい修行をしてこないといけない。
    それは
    村人たちにとってはとても辛く 悲しい事。
    本当は行かせたくないけれど
    魂の修行をしなければ 自分たちの村がより 上の階級へ移ってゆけない。
    だから
    みんな 『なんとか無事に帰ってきて』『がんばって』と送り出す。
    もちろん
    この世に行った魂へのアドバイスは 怠らず
    キャストとしても人生のどこかで登場する。

    あなたがこの世で肉体の死を迎えた後
    幽界を経て 帰りつくのはこのソウルグループ。
    あの世の家族の待つ場所。


    『夫(彼)とは気が合うし趣味が同じだから
     やっぱり あの世の家族だったのね』
    残念ながらそうとも言えない

    実は
    あの世の家族はあなたがこの世に生まれてくる時に
    一緒にキャストを決めていのだが
    同じソウルグループは同じ波動のため
    一緒にいても争い事など起きない


    むしろ
    考え方が同じなので
    同じグループの人を疑ったり だましたり 悲しませたりするような
    マイナスの波動を発することは無い

    だから
    この世にあなたの家族として やってきても
    夫婦や親子などの人間関係で
    あなたが悩んだり 学んだりすることは出来ない
    この世は魂の修行。
    同じ考え方や 同じ趣味の仲良しグループだけでは
    魂の鍛錬は出来ず 成長することもない

    あなたは 魂よりレベルの低い人,高い人、
    意見の合わない人、
    ・・など
    色んな人と出会い 交流する事で

    あなたの魂が洗練されて行く


    家族関係というのは 人間関係の中で もっとも問題の多い関係
    結婚前はあんなに愛し合った夫婦でも愛が覚めた途端 
    一挙手一投足が気になり不平不満が増してくる。
    母親なら 自分が生んだ子供への愛情は他の愛情よりも勝り
    その反面 距離が近いために 憎しみも生まれやすい。

    家族関係ほど難しいものはない。
    だから 魂の勉強(修行)には 最適

    そのため 家族のキャスティングには一番時間を掛ける。

    同じソウルグループから選ばれる事もあるが
    9割5分が他のグループからのキャスト。
    こうやって
    ソウルグループでは自分たちの魂の学びに欠かせない
    この世での人間関係にワンエッセンス加えてゆく。
    グループ同士のお互いに協力し合い キャストを派遣し合っている。
    波動が違うグループなだけに あなたが
    『親子だけど 何故うまくいかない・・・』
    『姉妹なんだけど性格が全く違う・・・』
    ・・・と感じるのは 当然の事。

    いろんな人と出会う事が
    この世での修行だが 長い時間軸で考えると
    実はこの世の人間関係は案外同じキャストで回っている。
    この世の家族以外の重要キャストは
    ほとんど あなたのソウルグループの霊達

    あなたの親友になったり
    人生の教えを授けてくれた忘れられない先生
    だったり。
    時には
    あなたを助け あなたを励まし

    そして 一緒に泣いたり 笑ったりしてくれる


    あなたは 彼らのおかげで
    有意義な時を過ごしたり 辛い出来事も越えて行ける
    のだ。
    この世で あなたのソウルグループを感じていられる手掛かりがいくつかある。

    最初は
    趣味やセンスが合い とっても話が合って楽しくできたけれど
    付き合ううちになんだか根本的な考え方が違う、・・と感じる場合は
    あなたのソウルグループの仲間ではない
    そういう人とは次第に疎遠になったり
    トラブルを起こして離れて行く運命
    にある。

    気が合う』とは 良くいったもので
    波動が合う』という魂の共鳴を意味する言葉
    同じように 『気色悪い』は文字通り 気の色が悪い事。
    マイナスの波動を出す 低レベルの魂はどんよりした 色をしているもの。

    暗い 輝きを失った魂の集まり。
    どんな魂も 必然的に『類は友を呼ぶ』。
    ただ
    どんなに気色悪い魂のグループだって
    魂の鍛錬をしようとこの世に生まれてきているので
    当然 世の中にはいろんな人がいる という事になる。
    あなたのちょっとした波動の弱まりが
    気色悪い魂を吸い寄せる事もあるから注意が必要。

    基本的にはあなたの人生の重要キャストは
    あなた自身のソウルグループの仲間が担ってくれているので
    そんな時 注意を促してくれる。
    もちろんあなただって 仲間たちの人生のキャストして 登場する。
    そうやって 同じ村で暮らす仲間達は
    それぞれの脚本の中でいろんな役を回しながら
    魂の鍛錬を繰り返している。

    ただ すごく稀に
    同じソウルグループから恋人になったり
    夫婦になったりすることもある。
    そういう魂は本当に結びつきが強く
    何度生まれ変わっても惹かれあい 夫婦や恋人
    兄弟姉妹など身近な関係になってお互いの側に寄り添う。
    彼らはソウルグループの中でもそれぞれの魂が
    一つになり存在しているケース。
    魂には男女の区別はないから
    魂が一体化していてもなんの問題もない。
    むしろ 魂の輝きが増すほど。

    もともと波動が違う魂は あの世に戻ってからも
    一緒に居るなんでことはあり得ない。
    あの世は自由で心地よい世界。
    気(波動)の合わない仲間と我慢して 一緒にいなければ なんて
    考えなくて良い世界。
    あの世であなたは あなたの波動と同じ霊体たちと行動し
    魂の鍛錬を繰り返して次元のレベルアップ
    を目指せばよいだけ


    あなたが「地獄はある」と思えばあり 「ない」と思えばない。
    禅問答のようだが そうとしか言いようがない。

    物質世界のこの世で生きている人間の感情や欲望は
    まるで メトロノームのようにいつだって善悪の間で揺れている
    感情の度合いはその振り子のようにいつだって
    振れ幅に左右されている。

    感情の度合いはその振り子の振れ幅に左右されている
    どんな温厚な人だって この世に生きている間に
    一度くらいは「殺したいくらい憎い」と思う瞬間が
    あるかもしれない。
    でも そんなことしちゃいけない 考えちゃいけないという
    善の意識があるから その感情はすぐに消え去る
    だけど
    人によっては振り子が 大きく揺れすぎて メトロノームが壊れ
    「殺したい」という悪の感情で針が止まってしまう事がある。
    針が止まってしまう状態 それが「地獄」。
    つまり あなたの感情の世界

    地獄に入ってしまう人は 自分で地獄を創り出している
    人生学校からの中退(自殺)を考えたり
    深刻なうつ病の人は自分の感情の梁が悪い方から動かず
    この世にいる時からすでに 地獄的想念になってしまっている

    他人からすれば 一見いい人に思える人間でも
    その肉体スーツに隠れた暗い欲望や 波動が渦巻いているケースもある
    そういう人は 人生学校を卒業して幽界に入ってからは
    次第にマイナスの感情や欲望がむき出しになってくる。
    スーツを脱げば裸になる。当然の事。
    幽界は 魂の脱衣所。
    ここでは 死を自覚する事の他 見栄や 虚栄 執着 悪い感情などを
    脱ぎ去る事も目的

    ここで素の魂に戻らなければ 次のステージである 霊界へと行けない

    幽界では どんなマイナスの感情も隠すことは出来ず
    むしろ 環境や 欲望のままに行動するようになってしまう。


    マイナスへ触れたまま壊れてしまった感情のメトロノームは
    この世で生まれてきている間に 早く修理すべきだが
    自ら 視野を狭め アドバイスを与える腕の良い修理工の存在に気付かず 
    ましてや 自分自身で直す気もなければ仕方がない。

    こうした マイナスの感情のまま あの世へ行き
    ”地獄的想念”で漂ってしまうと それが 「地獄へ落ちる」事となる。

    ただし
    地獄も天国も 魂の想念が創り出す世界
    あなたが地獄じゃないと思えば
    そこは 地獄じゃない
    のだから
    不思議な事。

    今 あなたが想像している暗くて恐ろしい世界は
    この世に住む あなたの感覚で思い描いている地獄。
    そこにどっぷり浸かっている当人にとっては
    地獄ではない かもしれない。
    ただし
    あの世にはこの世の人間から見たら
    やはり これって地獄でしょと思える光景が沢山ある。

    この世でもあの世でも
    波動は磁石の様に自分と同じ感情を持つ波動を呼び寄せる。
    特にマイナスの波動は強力。
    雪だるま式にマイナスエネルギーを増幅させてしまう。

    この世に居れば 世間の常識や 警察 法律 が許さない悪行も
    この幽界ではしたい放題。

    何故 止めないのか?

    「良い波動の魂が止めたり 先に霊界へいった霊が
     教えたりすれば良いじゃない」

    と あなたは思うかもしれない。

    でも誰も鑑賞しないのが あの世のルール。
    やりたい人は暴力でもなんでもやり放題。それが霊界。
    霊の世界には時間軸が無い。
    意識しない限り 何時間でも
    何百年であっても あっという間に 過ぎ去る世界。

    霊界では感情や欲望のおもむくままに
    満足するまで続けていれば良い


    想念の快楽に幾度もおぼれた後 彼らはふと感じる。
    「なんだかつまらない・・・」
    いとも簡単に欲望が満たされるなんて あなただってつまらないだろう?

    彼らは次第に自分の行動に飽きて 嫌気がさしてくる。
    だが
    快楽地獄からはなかなか抜け出せない。
    なぜなら まだ気づきを迎えていない。

    自分と似た想念を持つ霊達の波動に
    引っ張られてしまう


    こうなるともう ただの苦痛でしかない。
    彼らは そこで初めて 「変わらなければ」と
    自らの思考を転換し 魂の汚れを落とし始める。

    これが魂のレベルアップ


    この世で生きているあなた自身も 実はあの世で暮らしている霊。
    あの世には あなた以外にもたくさんの霊の霊(霊体)が存在する。
    彼らの中には以前 この世で暮らしていた霊もある。
    また
    彼らの中には以前この世で暮らしていた霊も居る。
    また
    彼らの中にはこの世に生きている人間に対して
    良いことも悪いことも
    色々な事を仕掛けてくる霊体もいる。

    「守護霊」はあなたを守る霊達の総称
    人によっては 数体から20体 最低でも1体の霊が
    あなたを守っている。
    この守護霊のうち 最も重要な役割を担うメインの霊は
    実はあなたと霊的絆の強いあの世の家族

    善い悪いは別にして
    もしもあなたが霊的成長の低い村で暮らしている霊ならば 当然
    あなたと波長の合う 成長レベルの引くおい仲間しか
    あなたのメイン守護霊にはなれない。
    このメインの守護霊が他の階級のグループからやってくる事は
    100%無い。

    あの世は魂の成長レベルによって階級があり
    そこで暮らすソウルグループの村や町には特徴がある。

    魂のレベルが低い階層には それに見合った
    ソウルグループたちが暮らし
    レベルの高い階層には魂レベルの高いグループというように
    村がいくつも存在する。
    だから あなたのメイン守護霊だからといっても
    どのレベルのグループかによっては
    霊的に未熟だったり また
    まるで神様に近いレベルの霊性だったり 色々。
    ただし それは同時にあなたの魂のレベルでもある。

    守護霊達は全農ではなく この世では
    あなたは肉体スーツを身に纏っているため
    霊的感度は低くなっているか もしくは
    まったく感知しない状態。
    携帯の電源を入れなければ受信できないのと同じ。

    いくら守護霊達があなたにサインを送っても
    あなた自身が受け入れない事が多々ある。
    また
    守護霊は あなたが間違った道を進もうとしても自ら手を引いて
    元の道に戻す様な事は出来ない。
    インスピレーションを与えても それを判断するのは あなた自身。
    守護霊は決して手出しできない

    霊的感度を失っている状態のあなたは
    時に悪い霊が近づいたと気付かず、
    物欲 肉欲 と言った様々な欲の誘惑に負けたり
    また 悪霊を呼び寄せ心を支配されたりする。

    この状態から抜け出せるか 抜け出せないかは
    あなた次第

    守護霊はただ心配そうにじっと見守っているだけ。
    低レベルの霊達をあなた自身の力で振り払うのを
    少し離れたところから待ち続けるしかない。
    守護霊達び絶対ルールは まさに 「口は出しても手は出すな」。
    この世では生きている人間の意思が全て。
    あなたの行動はあの世の霊には決して止められない。

    「それじゃ 守っていることにならない・・・」

    そう嘆いても 仕方ない。この世ではあなたの自由意思が尊重される。
    もしも
    本当に正しい道を歩むよう 守って欲しいなら
    あなた自身が道を反れないように常に善悪を
    判断しなければならない


    「誰も守ってくれない 孤独だ」
    「何もかも上手くいかないから わたしはしょぼい守護霊がついている」

    こう思っている間はあなたの魂が成長することはない。
    あなたが守護霊の力をキャッチできる状態ではないので
    守護霊達は 力を発揮できない

    守護霊達のパワーを大きくするのも
    この世のあなた次第

    あなたが強くなる事で守護霊達も一歩成長する

    あなたの魂がアップしたら
    メインの守護霊以外の霊はもつとレベルの高い霊体と
    嫌がらずに交代さえしてくれる。
    まさに感謝に余りある無償の愛。
    彼らの喜びは あなたが苦労を乗り越えて魂の成長を重ねる事。

    暗黒の念を持っている霊というのは 明るく
    綺麗な場所には住めない

    当然ポジティブな心の持ち主に取りつくことはない。
    彼らはいつでも同じ思考の仲間を探しながら
    取り憑く隙を狙っている

    どんなときにも隙をつかれないポジティブな思考はとても大切。

    霊というのは 想像もできない力でいろいろな事を仕掛けて来る。
    しかし その原因は彼らの生への未練と苦しみ この世への恨み。
    その想いを解き放ってあげる事
    どんなにこの世への執着心が強い霊でも
    死への気づきへと導き 魂を解放してあげる事で
    しばらくするとみな一様にかわらかい表情となり霊界へと旅立ってゆく

    憑依は簡単に言えばヤドカリ。
    霊が別の肉体という殻に住み着き 支配する事。
    憑依している霊も他人の身体なので 窮屈になるとたまに抜け出たり。
    霊に出たり入ったりされるから 「ついさっきの人格と違う」
    なんてことになる

    普通の霊は肉体なんていらないって思っていますが
    この世に執着が強い霊は 自分の欲望を満たしたいので
    実態が欲しくてたまらず 適当な人間を探す。

    その人の魂を抜いて 身体を乗っ取るのだから
    霊だって一度取り憑いたらそう簡単には明け渡さない。

    憑依する霊は案外ズル賢いので
    霊能者が目の前に来ると除霊されまいと姿を隠し
    霊も必死の抵抗をする。

    憑依とは波動が共鳴し合い 「類が友を呼んだ」結果。
    霊というのは
    同じ波動 波長同士で横のつながりを大切にする。

    憑依された霊の正体は まさに自分を映す鏡。
    心の持ちようが大切


    生霊はその人を支配する事は無いが 「寄生」状態になる。
    一緒に生きている。念が繋がっているので 憑かれた人は
    ふとその人を思い出したり だるさを感じたり 取り憑いてる思考によっては
    イヤ〜な感じを受ける。

    「何が憑いていたか」ではなく 「なぜ憑かれてしまったか」と
    自分を振り返り その時の状態や自分の行動を反省する事が大切。

    マイナス思考の生霊の場合は左方が重く 肩こりのように首が回らない。
    これが 憑かれた=疲れた状態。





    ゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚..:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:

    記事の途中だけど ここで記事をあげます。

    後日 追記します。

    自らを清め 浄化する・・・**

    • 2012.03.07 Wednesday
    • 13:36
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    **参考文献**
    ”心と体を浄化する、清めの作法” =大川 知乃 著= 

         **********
    今回は 文献抜粋が多いので
    検索にかからないように設定しています。
         **********

    +*゚。*。゚*+―+*゚。*。゚*+―+*゚。*。゚*+―+*゚。*




    神様が味方に付くと 真実がわかる
    それによって 安心し 心が安らぐ
    迷いもなくなり 心も乱れない
    また 神様と共存できるようになる。

    人は人 神様は神様というのではなく 
    共に存在している事が実感できる。素直になれる
    つまらない事を取り繕う必要もない
    良いこと、悪いこと、白黒はっきり分かるようになる。
     「人から良く見られる」「かっこよく見られる」為に大切な時間を浪費する事もない。

    人との付き合い方 モノの選び方など 不要なものは選ばなくなる
    シンプルに生きる事が出来る
    良いもの 自分にとって真に必要なものがすぐわかるようになる。

    全ての概念が変わり 重要視するものが変わる。基準が変わる
    そして
    神様を少し感じる事が出来る存在にまで進化すると
    自身の心身が今以上に清くなっているので
    他人の身体から発せられる「気」を身体の感覚で感じ取る事が出来る様になる。
    つまり 目に見えない事がわかるようになる。
    「今 現在」がよりわかり 認識できるようになるから 未来が想像しやすくなる
    汚いものは自分で祓えるようになる。
    物欲を満たすというものではなく
    自分の願いがかなうという事で幸せを感じるあなたでは無くなる。

    神様は「あなただけの幸せ=あなたの欲」である事を知っている。
    神様が叶えてくれるのは 「みんなが幸せになるお願い事」

    清い基準を身体の感覚でわかるようになるので
    自分の身のしあわせが良いものだと思えなくなる。
    この世の中は全て繋がって 巡り巡って全てが自分の所にやってくるという事がわかるようになる。

    自分の幸せは 全ての人の幸せであるという事を実感できる。
    理想論ではない。
    思い込みではない。
    あなただけが幸せになるのではなく みんなが幸せになれる願いこそ 
    神様が大いに腕を発揮する。
     
    身体を正しく調えなければ 心もまた 正しい方向へ変化出来ないのが「人」という生き物
    穢れやすい肉体をきれいに調える必要がある
    正し思考を生む 身体が清く きれいな状態になっていれば
    心が安定し 他人や地球の為に正しい行動を当たり前のように出来る様になる。

    清まっていない人が死ぬと
    この世に留まり続け(いわゆる未成仏)自分自身もそして 周囲などを巻き込み
    より穢れた方向へ進む事になる。
    そんな未成仏な存在が増えると
    空間はますます穢れ 清らかな神様はやられ
    地球自体が備えていた浄化力も昨日しなくなり
    ますます 未成仏な存在が増え 神様にまで悪影響が出るという悪循環になる。

    この肉体は全ての命と繋がっている。
    つまり私たちは影響し合って生きている

    故人の顔や声 思い出などを 生きている私たちは記憶しながら日常生活を送っている。
    残されたもの それらには においや汚れが付くように 「気」も残っている
    そのような残されたモノや言葉 想いなどを通じ
    空間や目に見えない存在 つまり 亡くなった方からの影響を
    私達が 考えているよりもずっとたくさん受けて 暮らしている。
    だから
    未成仏のご先祖がいると その悪い影響を私たちは受け続ける。

    もしも
    私達が故人に対して
    「ずっと私の側にいてほしい」「守ってほしい」などと思えば
    その影響は 故人に対しても いい影響を与えない。
    そう思われる事で 未練が残り すんなり成仏できなくなる。

    「成仏する」とは
    生前のその人の想いが清まっている。
    つまり 肉体のある私達に悪影響の無い位置まで清まっている状態。
    未練や執着など そこには何も残っていない
    反対に成仏していないというのは 清まる事が出来ず 生前の未練や執着などが
    この世に対して残ったままで 肉体のある私達にまで 悪影響があるという状態。
    この悪影響は様々な問題を引き起こし 精神的・肉体的にも影響し
    気付かないうちに問題の大きな原因となっている場合がある。

    生きている私達にとっても そして 目に見えない存在にとっても
    不要な思いの無い空間はよどみなくスッキリしていているから
    その空間で生活をしている人の身体や他の生き物
    その他 全てのものに対して 悪い影響を与える事が無くなる。


    「成仏したいが この世に残してきた家族が あまりに嘆き悲しむので 離れられない」
    「見守ってあげないとかわいそうだ」と足止めされているケースがある。
    「さびしい」「悲しい」「見守ってほしい」「いつまでも 傍にいてほしい」
    などと言えばいうだけ 成仏できにくくなる。世の世を捨てる事が出来なくなる
    長くて1年 一周忌までには新たな門出をお祝いし
    互いの幸せを祈り合うくらいの気持ちになれば理想的


    憑かれやすい人 悪い存在に入られやすい人。
    自分の欲の為なら何でもするというタイプ。心の起伏が極端で 感情の浮き沈みが激しい人、損得勘定で正誤の判断をする人など。

    「憑かれたかな」と思ったら・・・

    ●自分で肩や腰 頭などを手で祓う
    (服に付いた埃などを少し気合を入れて たたく。
     その時良い香りがすると思える お線香やお香を焚く)
    ●天然塩で体を洗う
    ●「気」のよい場所に行く
    ●太陽に当たり 適度に汗をかく
    ●良い神社に参拝し 不必要な存在を祓っていただくよう お願いする。

    など。

    憑かれないようにするには「清まる」事。

    清ければ 穢れた存在から距離ができ 空間認識が上がるので 憑かれる事も無くなる。
    問題なのは ご自身の心身が穢れていれば 穢れた存在とも共通点が多く 質が近いため
    憑かれたり 入られたりしてしまう。

    人口の多い町などには 怒り・悲しみ・恐怖・恨み・妬み・欲望の様な
    「醜い想い」が渦巻いている。
    想いが想いを呼び合い 引き寄せ合い、
    そんな「想い」が町中にギュウギュウと一杯溜まっている

    それだけではなく
    人間が汚し続けている 地球に私達は存在している。
    つまり多くの人達は肉体自体 穢れている。そして 人間の身体から空間に出続けている。
    だから町全体が重くなる。
    実は これは 人から放たれた「気(エネルギー)」

    心身が蝕まれ 穢れてくると、
    欲が満たされない事や 思い通りに物事が進まないからとイライラしたり、
    人と人の間で思い悩み、欲を満たしたいがため 不安にさいなまれ心も安定せず、
    清々しい面持ちで日々の生活をすることが難しくなる。

    自分自身が空間よりも清まっていれば 肉体がその空間を正しく認識し拒絶反応を示す。
    体内に出来るだけ 穢れた毒素を入れないように 心と身体は反応する。
    肉体は穢れた場所にいるため 不快そのものだが 空間を正しく認識してもいるので
    身体で得ている情報も多く 心は安定しやすくなる。
    正誤の判断も付きやすく。過剰な欲も持たなくなる。
    同じ「不安」でも 個人的なものではなく
    地球や人類全体までをも 心配する「不安」に変わる

    「人の気」とは 想像以上の力を持っている。
    人が発する「気」には 沢山の情報が詰まっていて良くも悪しくも強烈な力を持っている。
    中でも最も負の力が強いのは「自分が、自分が」と
    自分の欲求だけを満たそうとする人が発する気。

    ーーーこの世のすべての人が 我欲を無くし
    人の事を考え 助け合いながら幸せに生きてゆく
    ーーー

    そんな清らかな思いを持つ人ばかりが居るという世の中は
    理想郷だろうか?あまりに現実身のない 物語だろうか?

    一人一人の気持ちが少しずつでも変わっていけば
    今のこの危機的状況を乗り越え 変えていく事が出来れば
    いつの日か そんな世の中になるだろう。

    想像してみよう。
    「自分が、自分が」という欲を持つ事無く 人の喜びとなる事が
    当たり前の世の中 そこは どんなに清らかな場所だろう?

    悲しいかな 多くの人達は
    「自分自身が災難に直面する」という体感が訪れるまでは
     いくら地球の危機だといっても 所詮は 他人事だと言わんばかりに
    今までと変わりのない 日常生活を送ってしまうもの。

    世界中で多くの自然災害が続いている。

    「地球にとって良い行いとは」「悪い行いとはどのようなことなのか」
    人間がやるべき本当の仕事とは」もう一度真剣に考える時が来た。

    自然と共存する生き方を思いだし 正しい社会生活を築かなければならない時。

    心を鎮め,静かに,そして 慎ましく,清らかに生きる努力をしよう

    まずは ほんの少しから・・・
    今よりも秩序を持ち 人間性を重視し 質を高め
    「この地球を清らかにしてゆく」事に気づいてゆこう


    これからのキーワードは 「清らかさ」「地球のためになること」。
    「人間のため 生活のため」を軸にすると
    欲からブレが生じ さらに地球を汚し 清まることが容易でなくなる。

    「新たな雇用だ」「お金儲けだ」という声にかき消されてしまいがちだが
    私達は地球に住まわせてもらっている。

    本当は地球中心に物事を考え 地球のためになる「本当の仕事」をするべき。

    雇用を生むなら 利益や効率だけを追求する仕事ではなく
    地球を清く綺麗な 場所にするための仕事をする人を増やすべき。

    現在 世界中に居る多くの人々は
    心では それを望んでいても 個人の力は成し得る事が出来ないため
    閉塞感に苛まれ 日々の会社勤務に活力を見出せずにいる。
    地球は形ある星。容量がある。容量があるものには限界がある。

    本来は人間が欲望のままに行動する生き方を変え、
    エネルギー消費を減らす生き方をしなくてはいけない。
    例えば 大地震の後 節電のためにネオンが消え 余計だと思われる電気が消された。
    それでも問題ない明るさだ。

    些細な事でもエネルギーが減らせる事を多くの人が学んでゆく必要がある。

    私達は繋がりあって 生きている。
    そして すべての命は それぞれに妻がっている。
    そして それぞれが影響を受け合っている。

    人の喜びは自分の喜びに繋がり 人の悲しみは自分の悲しみに繋がっている。

    私達一人一人の思いは 死んでからも残る。一定のレベルまで清まっていなければ思いも残る。

    この世の6割が悲しんでいるとすると 悲しい世のカナになってしまう。
    あなたは悲しくなくても 「悲しい」という想いの力であなたは 真からの幸せを得られない。
    そして 逆も同じ 幸せな人が沢山いれば あなたも幸せになれる。
    個人にとって良いことや得な事ばかり考えてしまいがちですが そうではなく
    全体にとって良い事や嬉しい事 喜ぶ事という目線で
    物事を捉え 考え 行動して行く事が正しい。

    「想い」の影響ではなく 身体から発せられる 「気」からの影響が最も 大切だという事を
    忘れてはいけない。
     清い身体から言葉や想いを発する事が 他へも良い影響をもたらす事になる。

    その人から出ている「気」は まさにその人の生き方そのもの。
    どんなに言葉で繕ったとしても 見た目が美しかったとしても
    その人の「気」が全てを表してしまう。
    悪い「気」を出している人は その人の生き方や 考え方などでも良くないと思われる所に在る。

    「悪い気を出さない方法」という視点からは
    「古い」と感じる人もいるかもしれないが 「清く、正しく、美しく生きる」という事。
    自分の欲求にちゅじつに生きるのではなく 人に譲れる生き方。

    このところ 「好きな事ややりたい事は 我慢しないで やった方が活き活きしている」などという風潮があるようだが それは大きな勘違い。
    それは 動物が本能のまま 欲望のままに生きている姿にしか見えない。
    知性を正しく使っておらず 決して人として 美しく生きている姿ではない。

    夢を持ち 目標に向かって突き進むのも良い。大切なのは夢や目標の「質」。
    その「質」によっては 単なる自己満足に過ぎない 場合もある。
    まずは 一人一人
    「大切な地球や人類が正しく進化するには 一人の人として どのように生きるか?」という事を考え 行動して行く事が大事。

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    他人に対して 思いやりや優しさを持ち 行動出来る。
    人の立場を理解する。
    感謝を忘れない。
    ご先祖様を敬う。
    全体にとっての自分を考える。
    困っている人の力になる。
    地球の事を考える。


    ゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚..:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:

    ◆・.。*†*。.・◆・.。*†*。.・◆・.。*†*。.・◆・.。*†*。.・◆

    2月2週目くらいから 不思議な関わりをして
    パパの気功の師であり 浄霊の経験のある方に本人を透視してもらうと
    本人は 普通よりも綺麗な位だと 視てもらった。

    彼の 親族である人の 魂が良くない状態にあると その師は観て
    さっそくお祓いをしてもらったのだけど
    お母さんが亡くなった時 彼は 母から自分を連れて行ってほしいと夢で母から言われ。
    仏間に寝ていると 仏壇からご先祖が 母を連れて こちらにこないかと言われた。
    ・・・と私は聞いていた。

    私は当時 亡くなった人が 現世に留まる事は稀だと思っていた。
    そして
    自分の子供や 子孫には 幸せであって欲しいと願うのが普通であり
    普通に成仏して行くものだとも思っていた。

    ただ 去年の震災の様子をこの目で その映像を観たとき
    まるで 戦争のあとの様な 原爆が落とされた広島の様子を
    原爆記念館で見たようなそんな参事を観て
    そこに生きていたはずの 生きていた魂が さまよい
    この世に未練を残すことは おそらく 多く在るように 私は感じていた。

    パパが
    『震災の映像を報道する際
    日本の映像と 外国の映像には 明らかな違いがある。
    それは 多くの死者が横たわる姿を その映像に映していない・・という事だ。』
    。。。と 言っていたのを思い出していた。

    その
    そこに確かに生きた人達の 抜け殻を 私達は それを排除されたものしか 目にしていない。
    あの原爆記念館も 視るのが惨く とても 記念館を観て回れないと
    私の友人を数人連れて行った時 そう言った者もいた。

    現実にそこに広がる その姿は そこに むごい状態をさらされていても
    今に生きる私たちは それを 直視し
    それを自分自身の生に 実感として味わい その先の生に活かす必要がある。

    数日前に 彼を思い引いた(2月中旬から 1週間に3人ずつ 彼を想い引いている) 日本の神様 3人の中の一人

    =八雷神(やついかづちのかみ)=が居て

    その言葉の中に
    弱気の下に隠れているのは ”恐れ”。
    ”恐れ”を克服する唯一の方法は 恐れに面と向かう事

    ・・・という言葉があった。

    何か 自分自身にとって また 目にしたくない 耳にしたくないものが
    自分の目の前に現れても
    人は 忙しく毎日を生き 毎日を ただ 時の流れのままに
    自分の意識を何に向けるでもなく ただ 生きてしまうから
    何かに流され 時に流され
    こんな風に 何か 自分に投げかけられたと 感じる間もなく 疑問も持たず
    あの 原子炉の問題も まだ 収束していないのだろうと思う。

    本来 それが導入される前に 熟慮すべきだった。
    日本の技術は 他の国に劣る事はない。
    ただ 地震大国日本に 国土の狭い日本に それを設置する事自体が不適切であったのだ。

    全ては 同じなのだ 自分に降りかかるものを
    その人が どう捉え その先に広がってゆくものを
    その人を囲む人達で どう 前向きな世界を築き上げられるのか・・・

    それには
    どうしても 自分自身が嫌だとか 不快だとか 困難というものに

    自分自身から向かっていく事をしないと それを乗り越えて行くことは難しい

    そして それは たった独りでやろうとしなくて良いのだ。
    その為に人と生きているのだ。

    自分自身を含む 現実に生きる人達と 知恵を出し合い
    その 一人が歩んでいる様に見える道にも
    それを取り囲む人達全てが それぞれに歩む道を切り開き続ける事に
    巡り巡って繋がっている。

    私は
    彼の守護霊を補佐しているという霊が
    私は あなたや○○(娘の名)達が 様々に手を尽くしてくれているのを見守っていたし
    わかっている。・・・と言ったのを聴いた。

    私達生きる人間がいかに何かを尽くそうと 動かせないものというものもある
    ただ 霊 たとえば 自分自身に関わりのある人が 亡くなって霊となって
    何かを訴えてきたことに対して
    何もせず 手をこまねいているわけにはいかない。

    何かをアピールされたという事には おそらく訳がある。

    2月の2週目の時 彼は身体を使われ 自分の死期を思わせる言葉を吐かせ 孫である彼女を泣かせた。 孫の泣きじゃくる姿にはたと意識を取り戻し
    様々に彼本来の姿で 言葉を尽くし なだめていたと娘ちゃんからも聞く。

    その期日も 先月に過ぎ ただ 私達が邪魔 だとか 連絡を取り合わないように
    電話をブチ切りされたり  会話の途中で 電波の障害を与えられたり
    彼を孤独にさせようとする意図が見え見えだった。
    だから
    私は彼の娘ちゃんと手を組み パパに力を貸してくれるように要請した。

    会話も筒抜けだとか 不動明王の写メも消されたり 霊がメールで脅すような言葉を私に送ってきた文章も彼の携帯からは消されていたり・・・

    ただ・・・
    彼の守護霊の補佐役の霊とちゃんとしっかり話す事が出来てから

    私たちは 人間に危害を加える様な事は規則に反している
    そういうものは処罰しているから大丈夫。安心して。

    ・・と言葉を聴いてから 彼の身体を乗っ取られている様に感じる事が無くなった。

    ただ。。。お母さんの100日忌がこの後控えている。
    その場で 何もなければ 今回の騒動は一時収束を迎えるだろうと
    思っている。

    相変わらず 彼の人形(ひとがた)の浄化はし続けているけれど
    まだ 気が抜けない。

    生きる私たちは 生きる限り  
    生在る中で 自分の使命に生きるべきだと私は思う。

    そして それは
    自分自身が清らかな自分自身であるために 清らかな空間を生み出すために
    清らかな 世界を築き上げ 生み出してゆく様に。。。

    自分自身さえも人として生きてゆく中で 穢れは身についてしまう事も多い。
    でも 常に 意識している事。
    そして それが 意識に在れば そういう存在と触れ合わなければならない時も
    それまでとは違った 別の道を歩む様に道が開ける事もある。

    穢れを嫌うのではない 知らず知らず穢れを身に纏う自分が居ても
    そこに留まるのではなく 切り開く道を 見つける努力をするのだ。
    自身で また 共に歩む人と共に・・・


    〜 家族愛が 大事なんだよ〜私は全てを愛している 娘も 孫も 貴女の事も〜 遠くにいても愛している〜


    今に生きる人達は 自分の使命を見出して そこに生きているか・・・?
    何が大切だと思い 何を観て 何を感じ どんなふうに その人の個性で行動に移せているのか
    ・・・?

    全ては繋がり 愛で繋がっている。

    自分が 自分だけが・・・という世界ではない
    もっと 引いて
    もっと 大きく 広大に広がる世界を創造する様に・・・


    今に生きる 私は
    今に生きる人たちと 現実に
    そういう想い・使命をそれぞれが生み出せる様に人と生きてると言える。

    結構 パワーが居る。

    でも 結局 
    私一人の力じゃない 多くの人が集い そこに集う人のそれぞれの知恵が加速に導く。
    共に共鳴し合い 互いが響きあう事で よりパワーを増幅させている様にも感じている。
    共に一つのものに向かう事で
    その浄化の作業は 速度を増している様にも思える。


    さぁ・・・もう少しだ。

    まずは 今 与えられているものの中から 一つ一つ大切なものを拾い上げ
    自分たちの力を効率良く 使う事も必要。

    余分なパワーを 削ぐことの無いように。。。


    □*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□
    3月7日の言葉

     人間の体は五大元素で構成されています。
     体がいつ死を迎えるかは誰も知りません。
     体はいつの日か朽ちるものです。
     体を過度に重視してはなりません。
     人生はただ自分の体を維持するために
     あるのではありません。
     心の浄化と至福の獲得のために、
     ここにいるような類の
     神聖な仲間と交際しなさい。
     ただ神聖な仲間と付き合うだけでは
     十分ではありません。
     気高い仲間の神聖な教えで
     心を満たすようにしなさい。

                     ― ババ

    □*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□

    現実生活に深く関わりながら 意識の向上を目指す・・・*

    • 2011.12.08 Thursday
    • 01:04
    JUGEMテーマ:スピリチュアル

    *・゚*:.。.☆☆.。.:*・゚*:.。.☆☆.。.:*・゚*:.。.☆☆

    「直観に従えば導きに乗れるが
    直観を信じないでいると導きに乗れない」

    だが
     逃避癖の在る人は そこに逃げ込み
    「直観」に従って行動していると都合よく思い込んで
    それが自分を甘やかす 「逃避」で在る事に気づこうとしない。

    グランディングとは
    「地面に素肌で立つ」「庭いじりをする」など 表面的な行動のみで解釈される事がある様だが

    実際のグランディングとは 
    それらを含め 現実生活の難題から逃げないという事であり
    三次元世界に肉体を持って深く関わるという事。

    *・゚*:.。.☆☆.。.:*・゚*:.。.☆☆.。.:*・゚*:.。.☆☆

    時の中に生き
    私達は時を重ね 年を重ねる。
    年を重ねるという事は
    経験を重ね 意識を高め続けている という事。 
    時という制限された枠から意識を外し
    ”今に在り続ける”と 楽に呼吸が出来ている気がする。

    そして
    私達は今の時 この瞬間に
    何かを生み 何かを失い 今のこの時に生きている。
    私達は今
    何をこの手に掴み 何を手放さなければならないのか・・・
    。。。

    ”時”に急かされる事無く今に生き 今に在り続けるとは
     
    今在る自分の生に
    ちゃんと自分の意識の根を降ろす。
    そして 一つ一つのもの・物事に対し
    熟慮し判断し選択し続ける 自分自身の意識を自覚する。
    そうやって 自分の中の無意識下にあるものを意識化し続け
    それを自ら観じる事の瞬間瞬間・点と点の積み重ねて行く事。

    そして
    一つ一つの物事に対して きちんと向き合う自分を創り上げる事。

    自分の目の前に立ち塞ごうとしている様に見えるものがあったとしても
    自分の目の前に映し出されるものは
    自分自身の意識が生み出し
    自分自身が創り上げた世界
    ・・・

    自分自身が創り上げるどんな世界も 感じ得るものは全て自分の心に最終的には喜びを与えている
    。。。

    ならば それを嫌う事はない。。。
    それに
    気付く事が出来さえすれば良い・・・

    自分の目の前に起きる全ては
    自分自身が導き出しているものだという事を・・・。

    その
    目の前に在るものを観ては 納得出来ない自分が居たとしても
    そこに映し出されるものは
    結局は自分自身の中にそれを生み出す要素が含まれている
    。。。

    そして
    それを望まない自分がいたとすれば

    もしくは
    それじゃないものを求める自分がいるとすれば

    自分自身の中の 真に隠されているものを見つけ出し そこを変えさえすれば
    また その先に訪れる結果もそれに伴って変わって行くという事になる。



    ○○出来ない自分が居るんじゃなく
    ○○出来るのに
    それを制限させる自分自身の隠れた意識が在るだけなのだ・・・
    ・・・


    迷う自分を生み出すのは 誰だろう・・・
    揺らぐ自分を生み出すのは 誰なのか・・・
    すべては 自分自身の中から生まれている。
    。。。
    何かを責めたり
    目に見えないものに”傷つく自分”を生み出す事は もう止めよう。
    。。。



    。。。とはいえ 

    現代社会における 私達の生活は
    文明が発展し 物に溢れる豊かに観える世界
    そこに
    高速化された 溢れる情報に振り回される人々の姿が見え隠れする。

    多くの情報・ものが溢れている。
    もっと もっと・・・と 何を欲する・・・?
    今 きみが手にしているものは何だろう・・?


    きみの中に生まれる意識は
    ポジティブに向かっているのか・・ネガティブに向かうものか・・・

    それは
    何かを創り上げるものか・・それとも 破壊的に何かを崩したいとするものなのか・・・
    。。。

    でも その”崩す”という行為は
    もしかしたら
    現状に納得しない自分が居て ”新しい何かを生み出したい”と意識が奥底に芽生えているのかもしれない
    ・・・

    どんな感情をも生み出す 完全ではない私達は
    ネガティブな自分が居ても 破壊的な感情を生み出す自分が居たとしても
    それは 結局は自分自身から生み出されたものであり 
    自分自身の創り上げている世界に反映させているだけに過ぎない。
    。。。

    目の前に在るもに 自分自身が望んでいないものが在るとしたら・・・

    立ち止まって 自分自身の心の奥深くを覗いてみよう。
    じっくり自分自身の心の奥を見つめるのだ。

    そこには 根源に働きかける意識の欠片を見出せるかもしれない
    。。。


    自分の 今 手の中にあるものをじっくり味わう事をせず
    何かが足りない・・と ”空虚”である事を”虚しい”と感じるのか・・
    それは何かを手にすれば 埋まるものなのだろうか・・・

    何かを求め彷徨い続ける様に
    また”今ここ” ”今この時”の場所から離れて行こうとするのか
    。。。

    空虚である事は 全てを生み出す力を持つ。
    どんなものでさえも生み出す事が出来る。 
    。。。
    全ては自分の中から生み出す 最初の一滴
    意識の欠片がその行方を指し示す
    。。。


    きみの心は 今
    何かが足りないと何かを欲し 何かを探し彷徨い続けているのか
    ・・・
    それとも
    今在るものを十分に味わおうと
    空虚である
    全てを生み出せる力を愉しみ 今 この時に喜びと共に在り続けているか
    ・・・



    何を選ぶかは 自分自身の意識だけが決める事が出来る。
    それが
    自分自身の目の前に広がる 世界になるのだ・・
    。。。

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