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    思いと言葉と身体と・・・***

    • 2012.05.29 Tuesday
    • 19:02
    JUGEMテーマ:キヲク


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    思いは 言葉にあらわれ
    言葉は 行いにあらわれ
    行いは 講じて癖となり
    癖が固まって 人柄となる。

    だから
    思いとその在りように
    細心の注意を払うがいい。

    そして
    思いは愛の泉から湧き出で
    全ての命あるものへの気遣いから
    生まれる様にせよ。

    影が身体に添う様に
    思う通りに われわれは成る。


    ・・ダンマパダ(法句経)より・・
    =「思い」と「言葉」と「身体」は密接に繋がっている=より




     心(ハート)の不純さの主な理由は、
     真理をゆがめるその人の性向にある。

     したがって、もし、
     心(ハート)の純粋さと神聖さを
     維持したいと願うなら、
     真実を話さなければならない。

     もし、あなたが真実と一体になれば、
     あなたが何を話そうとも、
     それは正しいこととなる。

                     ― サイ ババ


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    ○○さんには 隠しきれないので
    話します。

    全て お見通しだし
    自分が思っている事をそのままズバッと 言われる。

    社長が逃げてるって
    今日も言われてドキッとしました。


    人の顔を見て 表情を見て
    本当に心から笑っているのか
    そうでないのか


    それに対してどう思っているのか
    わかるんです・・・という。


    社長には言えないから聴いて欲しいと言われ
    ずっと言葉を聴いてきた。

    これではいけないと思った。
    変えなければ・・・と


    今は 止まる事なく 走り続けたい。
    休みが欲しいとも思わない
    休みの日にも仕事の事が頭をよぎる
    だから休日にも仕事をしてしまう。

    システムを定着させたい。

    時間が無い。
    実家の仕事を継ぐまでに
    やらなければならない。

    社長には 言いにくい事も
    たじろがず突きつけてきた。
    そのたびに3回辞めさせられた。
    でも その都度復帰した。
    それは
    私の言葉が 真を付いていたのだろう。


    どう 逃げる事無く
    ことに向かわせれば良いのか
    。。。

    苦しいのです。
    どう 動かしてゆけば良いのか。

    頭の固い
    責任を考えられない良い年齢の人達に
    どう 伝えて行けばよいのかを
    。。。



    青年は 苦しみの中に居ても
    活き活きと 今を生きている。

    自分の
    すべき時に すべき事をする。
    伝えるべき時に
    伝えるべき事を伝える。

    物事は 全て
    タイミングが大切で
    それを逃すと
    ただ
    時に追われ
    時に動かされているだけの自分になる。
    。。。


    自分が
    全てを掌握出来ない事が悔しい。。と言う。
    。。。



    ほんとうは それは
    掌握出来ないのが 当たり前であって
    掌握出来ていない事は 当たり前でない。

    そのような状態を善しとし
    それを生じさせている管理者の問題だ。

    大きく物事を動かすには時も必要。

    それに携わる 彼ら一人一人の意識に
    何かを芽生えさせ
    物事を動かしてゆくには時間も必要なのだ。
    。。。



    彼の今 与えられている苦しみは
    いつの日か 彼にとっての力となるだろう
    。。。

    その日の為に
    彼が 長となる日の為に
    苦しみ 思い悩む日々があるのだ
    。。。

    全て その日の為に在るのだと思えば
    苦ではないと言った
    。。。

    だから 自分の時間を割いてでも
    マニュアル作りも出来る。。と


    誠実であり 苦難に立ち向かう
    その姿は 何にもたじろがず 怯む事がない。

    ただただ
    物事が 降りかかれば立ち向かい
    物事に怯む事無く 向かえ立つ。



    彼は 凛々しく
    その心の誠実さがもたらすものは
    彼の心に触れる その姿に触れる者達を
    味方に付ける。

    一つの心がもたらすものは
    その心に類似したものが引き寄せられ
    少しずつ 大きなものに育ってゆく。
    。。。







    こうして・・・
    時間を掛けて・・・

    わたしも パパも 彼の心に添う 存在になった。











    また 遊びにいらっしゃい。





    にこっとする その笑顔に
    彼の心の 晴れ々しさが 映る
    。。。


















    +*゚。*。゚*+―+*゚。*。゚*+―+*゚。*。゚*+―+*゚。*

    言葉による 浄化。。。***

    • 2012.05.29 Tuesday
    • 13:26

     
    私は・・
    人は・・・
    愛そのものの存在であると思う。
     
    天の神様や
    仏様達・・
    そして
    守護に動いている
    霊的な存在も同じように
    。。。
    全てを
    大きな愛で
    包んでくれている様にも
    思う。
     
    そして 
    全てが
    愛そのものである事も
    分かっているのだと
    思う。
     


    今に生き
    今の時に意識芽生えた人達よ・・

    今に生きる中に 生じ過ぎ行くもの達を
    自分の中に その種を植えたのち
    どんな風にそれが育ってゆくのかは

    その人の
    意識次第 思考次第 言動次第 行動次第

    全ては
    何かを受けたその人が
    それを
    どう育てて行こうとしようと意識が向かうかで
    その先に広がる世界は
    大きく育て 変化させて行く事が出来る。



    ***


    ≪記録用 以下 覚え書≫


     
    〜前略〜
     
    金剛手(こんごうしゅ)言く(のたまわく)
    ●金剛手
    <仏法を守護する天神>
     
    一切衆生。
    ●衆生
    <心をもつ全ての存在>
     
    意想(いそう)同じからず。
    ●意想
    <思い・考え>
     
    この故(ゆえ)に
    如来或いは慈體(じたい)を現じ。
    ●體
    <‘体全部 五体
     健康・体力
     9堝阿亮臑里箸靴討瞭体
     だ的行為から観た肉体
     イ靴ばね>
     
    或いは
    忿怒(ふんぬ)を現じて。
    ●忿怒
    <大いに怒る事>
     
    衆生を教化する事。
    ●教化
    <教え・導き
     良い方向に向かわせる事>
     
    各々不同なり。
     
    衆生の意(こころ)に
    随い(したがい)て。
    ●随いて
    <〔楙紊凌佑慮紊砲弔い胴堝阿垢
      他からの働きかけを受け入れ
       逆らわない
      B腓な力に任せ 動かされるままに動く
      す濟欧垢 降伏する
      ヂ召里發里諒儔修鉾爾辰栃儔修
       対応する
       在る業務を行う >
     
    而も(しかも)利益(りやく)を作し(なし)。
    魔軍を破すと雖も(いえども)
    後には 法楽をあたえ。
    ●法楽
    <(の教え 修行 悟りなどをもたらす
      超世間的な悦び
     経を念誦したり 音楽や能・詩などで
      神仏を楽しませる事
     なぐさみ たのしみ>
     
    忿怒を減ずと雖も(いえども)。
    内心は慈悲なり。
    ●慈悲
    <仏菩薩の心を持つ
     すべての存在を憐れむ心。
      楽を与える慈と
      苦を覗く悲と言う
      いつくしみ・あわれむ心。また 情け深い事>
     
    摩醯首羅(まけいしゅら)の如き者も。
    ●摩醯首羅
    <大自在天・・・インドのシバ神
      自在天 仏教の守護神の一人
      色究竟天の主宰 三界のうち
       色界及び 天上界における最高の天>
     
    第八地を得て慈善根(じぜんこん)の力あり。
    ●慈善
    <あわれみ 助ける事
    貧しい人や不幸な人を労り救済する事>
    ●根
    <粘り強く 一つの事を続ける気力 根気>
     
    應(まさ)に以て之(これ)を知るべし。
    ●應
    <読み;あたる・まさに・こたえる>
     
    この語(ことば)を説き己(おわり)て
    復た(また)大衆(だいしゅ)に
    告げたまわく。
     
    若し(もし)是(かく)の如きの
    法を成就せんと欲する者は。
     
    山林寂静(じゃくいじょう)の
    處(ところ)に入り。
    ●寂静
    <煩悩を離れ
     苦しみを滅して 真理に達した
     涅槃の境地
    ◎煩悩
     (人間の身心の苦しみを生み出す
     精神の働き
     肉体や心の欲望・他者への怒り
     仮の実在への執着
    【三毒】【九十八隋眠】
    【百八煩悩】【八万四千煩悩】などと分類
    これらを仏道の修行によって
    消滅させる事によって悟りを開く)>

    清浄の地を求め。
    ●清浄
    <清らかで穢れのない様
     煩悩や罪などが無く 清らかな事>
     
    壇場を建立(こんりゅう)して。
    諸々の梵行(ぼんぎょう)を修し。
    ●梵行
    <仏道の修行 特に性欲を断つ行法>
     
    念誦(ねんじゅ)の法を作さば(なさば)。
    ●念誦
    <心に仏の姿を思い描き 口に仏の納屋
    経文などを唱える事。>
     
    即ち(すなわち)本尊を見 たてまつり。
    悉地(しつち)を圓満(えんまん)すべし。
    ●悉地
    <修行によって完成された境地>
     
    或いは河水に入って。
    念誦(ねんじゅ)を作し(なし)。
     
    若しは(もしは)
    山頂樹下塔廟(げとうびょう)の
    處(ところ)に於いて(おいて)。
    ●廟
    <死者・特に祖先の霊をまつる所
    ・ 神々の祠
     
    念誦(ねんじゅ)の法を作さば(なさば)。
    速やかに成就を得ん。
     
    或いは
    般若経を安置する處(ところ)に於いて
    これを作さば(なさば)成就すべし。
     
    是(かく)の如く 修する時は。
     
    其三業を整え。衆罪を造らず。
    ●三業
    <身体の行為である身業
     言語狂言である口業
     心の働きである 意業>
     
    亦(また)
    諸餘(しょよ)の悪人に親近(しんごん)せずして。
    ●餘
    <よみ;あまる・あまり・あます>
     
    諸々の護摩(ごま)の事(じ)を
    作さば(なさば)。
    ●護摩
    <不動明王・愛染明王などを本尊とし
    その前に作った護摩壇で護摩木を焚き
    仏に祈る行法。

    木は人の悩みや災難を
    火は知恵や真理を表す。

    内外の悪を打破する。

    神仏の力により
    悪魔などを抑え鎮める。>
     
    速やかに悉地を得ん。
    五辛酒肉(ごしんしゅにく)を食わずして。
    これを作さば(なさば)成就せん。
     
    〜後略〜

    ***

    人との関わり・自分に起きる出来事から 学ぶこと・・・***

    • 2012.05.11 Friday
    • 14:38
    JUGEMテーマ:エッセイ
    JUGEMテーマ:つぶやき。



    人は人と生きるから
    自分との違いや
    自分の中にある素晴らしいものを再確認する為に 
    人を観て学んでいる事が多い。

    自分自身の中にあるものを 人が映し出してくれたり
    自分自身の中に無いものを 人が映し出す
    。。。

    そうやって
    人として生きる時 
    その時その時中で
    同じ様な意味合いの言葉やメッセージを受け取ってゆく。

    その時その時の中で
    自分自身が選択して・・・
    。。。

    自分自身の意識が
    恐らく そこに向かっているのか
    。。。

    私自身が
    多くの言葉や
    多くの情報が溢れる現代の世界で

    その中から自分にとって唯一のものを
    自分自身が拾い上げているのが分かる
    。。。



    こうして文字に残すのは

    私自身が
    自分の心の中を観るのをたぶん好きだからだ。
    観察好きなのかもしれない。

    職業柄
    そういう面を自分が持つ事が
    患者さんの
    その先の治療に必要な事が多大にあるから

    自分が身に付けてきたものは
    結局は自分にとっても必要だったという事なのだろう。


    ノートに書き綴って
    振り返ったり思い返したり
    今自分が居る場所を確かめたり

    そういうものは 自分自身が時々意識して
    自分の心の中身を自分の目で見つめる事が
    とても大切だと思っている。


    そして 
    もう一つは 心分かつ人と 心を見つめ合う事。

    人の言葉とは
    その人の心を映すもので
    その人の行動・所作
    また その人の身体の状態に至るまで
    その人自身の本来の姿を
    映し出しているものだと思う。

    人が口にする言葉だったり
    人が行動する事に
    どれだけ
    その人の心が真に触れているものかは
    誰にも分からない。

    でも
    気持ちの良い想いのやり取りには

    気持ち良い心・気の流れを
    その対象と生む事が出来る。

    それは 確かに
    その互いが感じ合えるもの。

    そういうものを得た時。
    それは
    真の想いの流れを生み 育てている事になる。

    真の揺るがぬ想いを築き上げるのには
    時間も必要なのだ。

    簡単に終わる事の無い。
    簡単に揺らぐ事の無い。

    時間が
    より 互いの心の在り様を見つめさせ
    それが
    揺るがぬ想いを創り上げ続けているものに
    実感させこの心に確信として 得てゆく。

    別々の道を歩むけれど共に歩んでいる。
    それを時の経過と共に 実感する事が出来る。


    muさんとのやり取りの中にも
    私自身の中にあったものが目の前に映し出されたり

    自分にとって 欠けていたもの
    そして 同じ様に 達成すべき場所に辿り着く為の
    想いを感じ合う事が出来る。

    人生とは どんな関わりの中にも
    どんな物事の中にも
    自分の目にふと映し出され 心に留まるものは
    何らかの自分に対するメッセージだろうと
    私は考えている。



    〜以下 muさんの言葉(コメ欄より)〜


    真実は一つ 愛は不滅
    愛に勝るものはなし。

    人として
    思いやる労わりの心が とても大切。

    それを受ける人にとって 最良の喜びと成り、
    思いは思いを呼び
    労りは労わりをもたらす


    そのすべては
    愛に包まれている。

    全てに愛を。

    *:.。o。.:*

    時には
    なかなか前向きに思えない時もある。

    でも、
    そう思ったり 感じたりしても
    構わない


    それもまた人間、
    生きている証
    なのだ。

    痛みも苦しみもあるから こそ、
    小さな喜びを
    大きく感じられる


    *:.。o。.:*

    人は 生きていくうえで、
    人と関わり、そして、様々な経験をする。

    出来事としての現象、
    コミュニケーションを通じての人の心模様。

    他にも 色々なことを通して、
    学び 気づくことがある


    楽しいこと、嬉しい時は、
    そのままの快・喜の波動が出ている。

    反対に
    辛い、悲しい、苦しい、という気持ち
    怒り憤りの負の感情は、
    たちまちのうちに ハートの自由を奪い、
    嘆きの渦へと誘って行く


    どんな時も、ある事柄から、
    発見や向上する魂の学びが潜んでいる


    苦悩を苦悩のまま 受け取る以上に、
    苦悩の奥底に潜んでいる”光の部分”に目を向け
    見つめることが肝心



    すべて、
    感情が伴う。

    しかし

    その感情や心は
    自ら選択できるもの
    なのだ。

    *:.。o。.:*

    悩みや苦しみとは、
    自分の思い通りにならない
    という不満
    から生じる


    自分が
    ある人を好きになっても、
    相手も
    同じように自分を好きになってくれるとは限らない。

    自分の仕事の能力を
    自分が思っているほど
    上司は評価してくれないものだ。

    自分の欲求と現実とのズレが、
    苦しみとなる
    のだろう。

    だからといって、

    一切の欲求を捨て去れば
    苦しみから逃れられるのか
    というと、
    そんなことは無い

    望んだものが
    手に入らないのが悔しいから
    といって、
    初めから 努力を放棄するのは
    単なる怠惰


    問題を根本的に
    解決したことにはならない


    私達人間が成長するため には、
    適正な欲求は必要


    何かを欲するのは良い が、
    それに執着し、欲望の奴隷となっては
    いけない



    〜以上 コメ欄より抜粋〜


    *:.。o。.:*


    我々の知らない何処かに
    本物の正義が隠されているのかもしれない。

    君が正義とかぬかしているものは
    上から目線の同情に過ぎない。

    その都度 目の前に現れる 可哀そうな人間を
    憐れんでいるだけだ。

    神でもない我々に 正義が何処に在るかなど
    解るはずはない。

    〜 「リーガル・ハイ」より  〜


    ***↑リーガルハイでの言葉が心に留まる

    言葉や文字は
    人と共に生きる事をしても
    充分に自分の心を その人の心を伝え合う事が
    難しい部分も多い。

    誰かの言葉や文字を
    私は 私の全てにはしない。

    現実に活かせる何かをその中から得て
    自分のものとして変換させ
    私の今を生きる。
    。。。

    この中で出会う人も
    私の真と
    その人の真が触れ合えるように
    現実に繋げる 関わりを持つ事を
    大切にしている。

    そこから 広がる
    大きな繋がりも得ている今は

    この場で
    言葉を発信することが
    私の日頃の言葉の足りなさを補う
    一つの表現方法だから

    自分の自己満足という部分も
    あるのかもしれない
    。。。


    だけど やっぱり
    今の自分の居場所をちゃんと自分で見つめる

    それから
    私自身の 次に歩むべき方向を定める・・・

    。。。って事が

    基本的に 私は好きなのだ。



    こういう場で何を得るために
    何を選択し
    何を活かそうとするのかを

    その人の人生の中で
    自分自身が認識し 次へのステップへ進む努力する事は
    大切だと思う。


    ーみゅう♪ー




    ◆・.。*†*。.・◆・.。*†*。.・◆・.。*†*。.・◆・.。*†*。.・◆



     善悪は共存している。
     誰にも善悪を引き離すことは出来ない


     より多くの善を育てる なら、
     
      あなたの中にある悪は
      完全に無意味なものとなる


                     ― サイババ

    *:.。o。.:*




    ◆・.。*†*。.・◆・.。*†*。.・◆・.。*†*。.・◆・.。*†*。.・◆


    必要な時 必要な言葉や出来事が
    自分の前に 映し出される。


    人は それに気づき
    その手で掬い上げる事が出来るだろうか
    。。。


    生きているのに その時を生きていない。
    目の前にあるのに
    そこに何も存在していない様に
    その人の意識は
    その時に大切に見つめるべきものを見ていない。

    なんとなく そんな風に 現代を生きる人々を見ていると
    感じる所・・・



    さて・・・


    私は 私の人生を生きる時

    私自身の為に・・・
    共に生きる人とと歩む道を行く為に・・・

    その時の自分は
    ほんとうに大切なものを見つけ出せているだろうか
    。。。






     

















    □*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□

    今まで辿ったこの道は 誰かと共に 自分で巡るべき道・・・***

    • 2012.04.26 Thursday
    • 18:12
    JUGEMテーマ:キヲク



    怒りに満ちた 霊達の地下に 私は 留まっていた。。。

    だが
    ある時 見たんだ・・・

    全てを変化させ 私を目覚めさせる者
    。。。
    それが "お前"だ。



    教会を歩いているその姿を観て
    直ぐに解った。

    自分の娘だと 直感した。



    美しいお前を観ているうちに

    自分の父親だと思い込んでしまった男に
    思い焦がれて 愛情を求めている
    のだと
    気が付いた。



    奴に抱いていた 幻想は 簡単には崩せそうもなく
    お前自身にそれを捨てさせるしかないと思った。


    直ぐには
    真実を 真実だと信じる事が出来ない。
    今まで辿ったその道は
    私と共に 自分で巡るべき道だった
    のだ。




    お前は
    父親を装った男を知る事に気を取られ過ぎていた。
    そして
    すぐ目の前に居る人を おざなりにしてきた
    じゃないか。。。


    =そんな事ない。だけど母はいつも私を遠ざけ
    嘘ばかりつく=


    お前を守る為だ。
    母親の務めさ・・・

    お前は 彼女より 彼の事を優先してきた。
    彼女は常に 娘が第一だった。

    今こそ 関係を正す時。
    正直な気持ちになるんだよ
    。。。





    ***




    オレは
    君と彼への怒りに満ち
    自分と同じ苦しみを 味わわせたかった。

    だが どうでも良くなった。

    ”パパ 助けて”・・・と

    娘がオレをそう呼んで 助けを求めた時。
    怒りは消え去り 娘を救いたいと思った
    んだ。


    ”ごめんなさい。
    もしも 全ての事を やり直す事が出来たなら・・”


    このままで良い。
    授かったものを観ろよ。

    その為に オレ達は出会ったんだ。
    他は 取るに足らない。




    ”光りか観えるの?”


    ああ 輝いている。


    ”でも まだ沢山 聴きたい事が・・・”


    必要ない。

    お前は 愛されている。
    それが 全てだ。





    わたしは しあわせだ。






    ゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚..:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:




    あなたは 誰?

    わたしを愛していた?

    ママを愛してた?

    今の私は?





    複雑だと 人は言う。

    でも 結局は
    シンプルな事。

    愛が 在るか 無いか。

    言い訳や 変な条件や 複雑さは要らない。





    = ゴースト より =






    ゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚..:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:


    全てには 愛が在るのだと思う。

    あなたと わたしの間にも・・・

    そして
    わたしとわたしの周りの人達との間にも
    。。。

    あなたと あなたの周りの人達との間にも
    。。。



    まやかしは いい加減。

    真をいくら装おうとしても
    偽なる者は その真をそのままには映せない。

    その真に貫く 真実を築いて行く事が出来ない。

    その想いや言葉に真実があるのなら
    その真を貫く 大きな愛の中に
    それは いずれ実を結ぶ為の花を咲かせる。


    咲き誇る 花の香りに包まれる様に
    全ての人は 愛に包まれる。

    心地よい香りと 心地よい想い。
    全てが 清らかに さらさらと流れて行く。


    全てが愛に包まれ
    それは実を結び
    また花を咲かせてゆく。

    大きな愛を 真なる想いを
    一人ひとりが抱いて
    。。。

    一人ひとりの愛の種が 大きな大きな愛の花を咲かせてゆく
    。。。


    わたしと あたなと・・・
    あなたと わたし・・・

    共に 辿るこの道は
    わたしだから 辿ってきたこの道と

    共に 辿るその道は
    あなただから 辿ってきたその道

    その道が 交わって 共に今を生きる
    。。。


    わたしの想いと あなたの想い♪
    いつも この心の真(芯)に 愛を・・・

    わたしが加わる事で わたしらしい花が咲き誇る
    。。。
    あなたが加わった事で あなたらしい花も咲き誇る
    。。。


    それぞれに持ってる それぞれの愛が
    愛の花を育み

    わたし達の世界に
    心地よい香りと 心地よい想いを漂わせ

    辺り一面に その存在を現わしている
    。。。

    さぁ 共に 喜び勇み この道を行こう
    共にこの時を歩む 人達と共に
    。。。



































    ゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚..:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:



    遠く 異なる者同士だからこそ 互いに手を伸ばそうとしなければ 始まらない・・・

    • 2012.03.21 Wednesday
    • 11:30
    JUGEMテーマ:スピリチュアル
     

    □*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□

    ==獣の奏者エリン==より


    私は 生きたい。



    〜*〜*〜

    =劇中歌「きっと伝えて」松たか子=
    (一部抜粋)



    描いていた 夢は。。。
    触れてみたくて 伸ばすその指先で 淡く消えた・・


    どうか・・ありのままでいて。
    どうぞ・・声を聴かせて。

    溢れる想い
    私にそっと聴かせて。。。



    きみは未来を 生きる
    悲しみの夜 越えて・・・


    私はいつも そばに居るよ



    どうか・・心を開いて。
    どうぞ ・・よそ見しないで。


    溢れそな その想い 私にそっと話して。




    〜*〜*〜


    あの娘と妖獣は 親子の様な深い愛情で結ばれている。


    私達人間も あの者たちのように強い絆を結べるだろうか?

    あなたとわたしも強い絆を結べるだろうか?



    わからない・・・



    でも
    遠いものだからこそ 異なるもの同士だからこそ

    互いに手を伸ばさなければ始まらない。



    そうでしょ シュナ。



    シュナ。 わたくしは 貴方を受け入れます。

    でも 戦を嫌う心はけして失いません。



    けれど それは 夢は見れば叶うものではなく。

    現実を見据えねば 見えない道です。



    その道を探しましょう。 二人で。


    ええ 二人で。




    〜*〜*〜


    私は 
    深い淵の岸辺に立ち 竪琴を奏でよう。

    天と地に満ちる獣に向かって
    一本一本弦を弾き 語りかけて行こう。


    未知の調べを 耳にするために・・・




    〜*〜*〜



    二つの力がぶつかり 国が歪み その暗い渦は 多くの人と 獣たちを飲み込んでいった。
    人を守るはずの 掟は 人々を縛る鎖となり 獣は 人のために 命を歪められていった。


    その暗い渦の中にあっても 掟とはなにか? 生き物とはなにか?を考え続けた少女の想いは
    人と人とが手を伸ばし合う きっかけを作った


    〜*〜*〜


    □*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□









    *****



    釈迦如来・・・
    彼は ただ 静寂の中に座している。
    その心は 穏やかで
    その心の水面は 平穏であり さざ波一つ立っていない。


    あなたは この絵を観て その心に何を感じ得るだろうか
    。。。






    この絵を 私は 彼に持たせた。


    お母さんの100日忌のために 片道10時間 一泊二日で
    姫路〜大阪〜九州を行き帰りとも こなさなければならなかった。

    不動明王の写真と この釈迦如来の写真を彼に送って
    車に乗せてもらうのと
    彼自身の定期入れに 二人 身に付けてもらっていた。



    この写真は 彼の守護の一人である 霊も観ていて
    (当然 彼の守護の一人だから 彼の身に起きてる事は知ってて当然なのだけど)
    守護の補佐の霊は それを身に付けさせてくれたことの感謝の言葉を私にしてくれていた。


    その霊は この絵について 言葉にする。

    その周りに彷徨う霊達に 自分と同じように清らかに心を保てば
    私と同じ場所に居る事が出来る と言っている様に見える・・・と言った。


    そして 彼は
    いつでも ここへおいでと言っているように見える。
    私は私であって変わる事はないのだから・・・と言った。


    そして 私とパパは 
    そこに座する彼自身は
    輪の外に在る 彼らを
    自分が観る世界に存在していない様に観えている
    ・・・と感じている。

    そうなのだ・・・
    私も パパも その周りに在る存在の意思を変える必要はないと
    思っている。


    輪の外に居る彼らが 坐する彼を 彼らの世界に観て どうするか・・は
    彼ら自身の問題なのだ。
    彼らは 彼らの世界に生きながら 坐する彼に焦点を合わせている


    坐する彼には その彼らの意思を変えようとする必要はない。


    ただ そのままに ありのままであればいい。
    その人の望むものを その人の世界に映しだせば良い。
    そして
    その思い描く 自分の世界に
    生きたいように生きる事をすればいい。

    その人は 望んで 自分の世界に在る
    のだ・・・

    その人の視線の先にあるものを
    その人がどう捉え それを自分の進む道に変えてゆけるのかは
    また その人自身の問題だという事になる。




    ”神は 悪だ”・・・とわたしに伝えてきた霊があった。



    今ある 自分の存在する場所に その霊は 満足してるのだ。
    だから そう感じるのだろう。

    そして
    善と悪と 分け隔ててしまうから
    善という言葉が 悪を生み出してしまっても居る。

    悪という言葉にしても同じく
    悪から見て 善を悪だと感じてしまう。
    だから 神を悪だと言葉を放つ。





    その心に 感じ得るものは
    純粋に 生まれているものか?
    純粋に 心に生じる想いを伝え
    純粋に 行動に起こせるものを言葉にし
    純粋に 心に望むものを その行動とし実感しているか?


    そして その結果の行動は
    その周囲の人たちに美しい感情を生み出すものか?
    溢れる愛に満ちるものか?


    もっともらしい言葉や想い・・・
    表面では良いことの様に装う それは 何かを誘うものではないか?
    何かを偽り 言葉や行動にする時 その行動の流れの気には濁りが必然に現れる。

    その真に流れているものが 大きな愛によるものならば
    それは スムーズに気が流れ 実行に運ばれ 達成されていゆく。



    それが 神の意志なのだから・・・



    天命を全うする事”

    とても大切な事。



    何かに誘われ 命の絶つ事は 天命を全うする事に反している。




    自分自身の・・
    人として生き 与えられている時間の終わりなど 誰もわかりはしない

    自分に与えられている時間。
    人として生き 人として人と関わり 何かを人と築き上げてゆく事。

    とても とても大切な事なのだ。

    悔いを残す事の無いよう 今 生きる限りの 努力をする事。

    生きる限り 何かの誘惑に誘われ 道を見失い 心うだれる時は
    長い人生の中には 起きてしまう。
    でも
    歩いていた道を反れたとしても
    時に立ち止まり 呼吸を整え また 新たな気持ちで道を切り開けば良い

    心 通わせて行く事 心 温めあう事 心 許しあう事
    何かを強引に推し進めるのでなく。


    生在る限り
    生を全うする事。

    生在る限り
    生在る人達と 共に手を取り合い 歩み続ける事。

    生きる限り
    霊性が異なり 遠く離れていても
    共に支え合い 心を繋ぎ
    生きる命を燃やし続ける力を生み出す事が出来る




    心通い合わせ 心繋ぎ 関わり続ける事が 何かを生み続ける事に繋がっている



    中途半端に心繋ぐのではなく
    真に 人と 関わりを持ち続けよう・・・
    真に人と 心地よい気の流れを生み出そう



    あなたの行動には 真に流れる愛を基に通い合わせているか??



    私達一人一人は 生きる生を与えられ
    今 ここに生きているからこそ
    大きな愛と 大きな幸福感を生む欠片の想いの一つ一つを
    実感として瞬間瞬間に感じ
    それをそこから大きく広げ続けている



    それは 宇宙の一部のように。。。


    私達は 宇宙の欠片の一つ一つ。
    一つ一つであっても それは 果てしない宇宙そのもの




    今 生きるそれぞれに与えられた生を活かそう

    生きる者として 共に与えられた生を
    それぞれの宇宙として 輝かしいものとするため
    に・・・



    ゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚..:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:

    ***慈悲の瞑想***


    私が幸せでありますように
    私の悩み苦しみがなくなりますように
    私の願いごとが叶えられますように
    私に悟りの光が現れますように
    私が幸せでありますように(3回)

    私の親しい人々が幸せでありますように
    私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように
    私の親しい人々の願いごとが叶えられますように
    私の親しい人々にも悟りの光が現れますように
    私の親しい人々が幸せでありますように(3回)

    生きとし生けるものが幸せでありますように
    生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
    生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように
    生きとし生けるものにも悟りの光が現れますように
    生きとし生けるものが幸せでありますように(3回)

    私の嫌いな人々も幸せでありますように
    私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように
    私の嫌いな人々の願い事が叶えられますように
    私の嫌いな人々にも悟りの光が現れますように

    私を嫌っている人々も幸せでありますように
    私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように
    私を嫌っている人々の願い事が叶えられますように
    私を嫌っている人々にも悟りの光が現れますように

    生きとし生けるものが幸せでありますように(3回)


    ゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚..:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:

    愛のために生きる・・・***

    • 2012.03.16 Friday
    • 05:43
    JUGEMテーマ:キヲク



    ゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚..:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:

    〜『最高の人生の終わり方』より〜

    =心の残りをこの世に残し彷徨う岩田の霊の言葉=



    彷徨ってみるもんだ 孫と話せた。
    友達も出来た。
    みんな愛する人に見守られているんだよ
    姿は見えなくてもね。


    成仏出来そうだ。
    惜しむなよ・・・。




    生まれてよかった。

    生きて良かった。

    孫の有紀が生まれたから。

    ”ゆうき”が生きてるから。

    ”ゆうき”が笑ってるから。



    良い人生だった。

    最高の人生だった。


    ”ゆうき”。 アイラブユー。。。
    。。。行ってきます。



    〜*〜*〜



    人は 死に向かって生きている。
    いつ訪れるかしれない 死に向かって。

    ならば
    なぜ人は生まれてくるのだろう。
    何のために生きるのだろう。

    亡くなった人の声を聴く事は出来ない。
    その温もりを感じる事は出来ない。

    だけどこうして 
    心の中で 語りかける事が出来る。

    それは 愛された記憶があるからだ。
    愛した記憶があるからだ。



    人は 愛を知るために生まれてくる。
    愛を残すために生きる。

    そして 
    その残された愛は永遠に・・・ 

    。。。永遠に紡がれて行く。



    〜*〜*〜



    世の中嘘が大事

    でも少しは綺麗な気の利いた 嘘が大事。



    〜*〜*〜



    見守ってくれてありがとう

    愛してくれてありがとう

    いつかまた・・・




    〜 最高の人生の終わり方・・・より 〜

    ゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚..:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:





    幼稚園の頃
    人は 死んだら どうなるの?・・・っと
    祖母と母に泣きながら聞いていた記憶がある。

    その後
    子供の死を看取る 看護師に20歳台の頃 携わる。

    人の生とは
    本当に この人生だけで終わりを迎えてしまうのか
    。。。

    ”罪を重ねると
    人の上に覆いかぶさって 罪が支配するようになるのよ”

    ” 私たちは 人を貶めたり 騙したり いい加減な事を言ったりはしない ”


    霊達の姿は 私達人間の世界と同じ様だ・・・
    そう大差ない。

    ただ 自分の気持ちにまっすぐである事。

    自分の想いに素直である事。

    人と関わる時 気の流れを気持ちよく流れさせる事。

    今 生きる私たちの人生が おそらくこのままに霊界に戻る時の
    私達の生きる時と変わるだけ。

    ならば 人は どう 今の時を生きてゆきたいと
    願うのだろうか・・・


    人と どんな風に 何を築いて行きたいと
    願うのだろう
    。。。


    愛を
    心に抱いているか・・・

    人の心 そのままに 素直に
    人と心を通わせる事が出来ているか・・・

    愛を感じ 愛を生み出し始めれば
    もうそこから懇々と広がり続ける 愛の世界になる。



    =私はいつの時も あなた達を見守っている・・・=



    私達はたった独り生きている様で けして独りではないのだ
    。。。

    愛に包まれ 愛を生み出そうとしている
    そして
    愛そのものになろうとしている。



    私は・・・目に見えないその存在達と
    与えられている今を 愛と共に生きて行こう



    せっかく 私達は
    生きる時間を与えられ
    何かを実感できる肉体を与えられているのだから・・・


    ゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚..:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:

    心に 触れる言葉 想いを 今に どう活かしてゆくか・・・☆

    • 2012.01.15 Sunday
    • 18:27
    JUGEMテーマ:エッセイ

    「国宝とは何ものぞ、宝とは道心なり、道心ある人を名付けて国宝と為す。 
    一隅を照らす、これすなわち国宝なり。」

     20代半ばの時分
    熱い決意と共に、石に刻まれたこの言葉を書き写し、清書して
    一人暮らしの部屋に飾ったのも、ずいぶん昔のことのように感じる。
     

    そして今、最澄が開いた比叡山で再びこの言葉に向き合う。

     岐路の日本、
    今、どのような心構えで生きてゆくべきか。

    地道に、そして確かな歩みを今年も修めていきたいと思う。
     


    +*゚。*。゚*+―+*゚。*。゚*+―+*゚。*。゚*+―+*゚。*

    家つくりをしている中で
    庭師さんと 触れ合う機会を持つ中。

    私と同じ様に 自然や ふとした言葉・想い
    そういうものを 大切にしたいと 生きる。
    そんな彼に 私は言葉を贈った。

    +*゚。*。゚*+―+*゚。*。゚*+―+*゚。*。゚*+―+*゚。*

    心に響く 言葉・想いを そこに掲げる様に 目に触れるよう
    その意識に今の自分の心を照らし合わせ
     
    時の流れに生き 流れゆかなければならない人生の中で
    一つ一つの想いを掲げる様 留め生きるとは
    そこに向かって 
    人は 少しずつ前進し歩み続ける事。

    そして
    それが生きる事・・・の様にも思います。
    人は 自分の道を歩み続けるもの。


    今の時
    現代の時の流れは
    特に 急ぎ行き過ぎている様にも思えます。


    自分自身の意識に自分の言葉として
    何かを掲げ 何らかの想いを置くとは

    その意識に流れる”まだ はっきりと出来ない何か”に
    そこに辿り着きたいと求める道のヒントになる言葉・想いを
    日々 人は探し求め 一つ一つを拾い上げ
    自分の道を確かなものにし歩んでいる様にも思う。


    以前
    「空海の美術展」で耳に入ってきた言葉。
    空海の言葉としてガイドに流れていたものの中に

    =「禽獣(きんじゅう)、卉木(きぼく)は、皆是れ法音、安楽覩史(とし)は、本来胸中にある」=
    (弘法大師 空海『遍照発揮性霊集』巻第三)

    現代語訳 鳥獣草木の声はすべて仏のみ言葉であり、極楽世界は本来胸の中にあるもの

    という言葉があり、
    この言葉は 私自身もその想いに共鳴し 感じ入りました。

    言葉を持たない自然に生きるもの全てに
    今の自分の目の前の道を照らす想いを感じる事もあり
    自分自身の問いに対する答えは もしかしたら
    自分自身の心の中に在るものかもしれないとも感じる事があります。



    >岐路の日本、今、どのような心構えで生きてゆくべきか。
    >地道に、そして確かな歩みを今年も修めていきたいと思います。



    あの震災を越え 今の時を 私たち一人一人がどう生きてゆくべきかを
    問われています。

    =地道に そして 確かな歩みを今年も修めてゆきたい・・・=
    この想いにも共感しました。

    私自身 共鳴する心をお持ちの方だと感じています。
    これから 庭つくりを通し関わる事が出来る事を
    とても嬉しく思います。

    +*゚。*。゚*+―+*゚。*。゚*+―+*゚。*。゚*+―+*゚。*


    「禽獣(きんじゅう)、卉木(きぼく)は、皆是れ法音、安楽覩史(とし)は、本来胸中にある」
     

    いい言葉ですね。
    言葉とは、大切なものだと思います。それも、かつての文語体の言葉には魂を感じます。
     
     私は40過ぎて、ようやく「自分は導かれている」と実感できるようになりました。
    そして、その大きな他力の声に耳を傾けて、そして自分をつくってゆくことこそ、
    自然体の自分を活かすことと、川の流れに委ねるように生きていきたいと思います。
     

    つい数年前まで、30代までの自分は、力任せに前進しようとしていたように思います。
    若い頃はそうあるべきだと思うし、それが今の自分をつくったとも思う。
    今は、日々いろいろな気付きを与えてくれる周囲に感謝しながら、生きていきたいと思っています。
     

    禽獣(きんじゅう)、卉木(きぼく)は、皆是れ法音
     
     
    私は造園という仕事、というよりも、
    暮らしの中に矛盾の少ない自然環境を再現してゆく仕事のおかげで、
    毎日木々が感動と共に私に正しい理を教えてくれます。

    それが、確固たる自分の信念を育ててくれます。
    自然の声に耳を傾けること、
    人が心身ともに健康であるために必要不可欠なことと、
    今は確信しています。

    そこから離れることで、人は正しい思考を失い、そして脳の正しい活性も失うように思います。
     
     私が庭をつくり、そしてお客様のご家族や、周囲の心ある住民方々を含め、
    木々の変化や日々、感動を持って木々たちがもたらしてくれる命の発見が、
    健康と正常な思考を育ててくれると信じ、私はこの仕事にとても誇りを感じています。
     今年作らせていただく庭で、ご家族共に心豊かで最良の人生を過ごされますように、
    祈りを込めてつくらせていただきたいと思います。

    +*゚。*。゚*+―+*゚。*。゚*+―+*゚。*。゚*+―+*゚。*

    人と人との出会いは偶然の様で 必然であるように思える時がある。

    私自身が パパと出会い 家族になったのも
    その私たちの間に生まれ 今を生きている娘と共に歩む今の時も
    目の前に 生まれ続ける” 新しい世界”を築き上げる為の出会いの始まりだったのだろう。

    私と 庭師さんとの出会いも
    偶然にも 家が近いという事もあって
    庭の手入れにも 出来上がってからも
    長い付き合いとなりそうな人。

    何よりも 心の響きがとても心地良い。
    互いの持つ 言葉や想いに共感・共鳴するものが多いと感じる人だ。
    自然を愛し その自然の中にある愛そのものを愛し 表現し続けている。

    この先も こんな風に ふとした想いを感じ合いながら
    人と人とのあたたかな 関わりを大切に育て合っていきたい☆

    †・・すべての 出会いに感謝・・†



    知らず知らず 心に生じるもの・・・

    • 2012.01.09 Monday
    • 21:41
    JUGEMテーマ:精神世界をめぐって


    あったかい言葉とか 愛ある言葉とか
    親友ってなに?・・・って感じだ と 口にする

    自分が発した言葉が 誰かを傷つけたとして
    でも それが
    自分にとってそういう意図が無いのに 
    相手に予測できない感覚を与えてしまったり
    それに対して傷つけ返されるなら 
    コミュニケーションは取る必要が無い・・・と言う。



    防御する事は 自分を守る事だから
    傷つく前に 
    接触しない方法を選んできた人生だったのだな・・・
    と 納得する。

    彼の職場での姿勢は 誠実であり 尊敬に値する 
    医学の道では 職務は違うが私の師でもある
    英文の研究論文もおてのもの・・・

    しかし こと 個人的な思想・発想には
    彼の抱えてきた 家庭環境や
    自分の周りに置かれた人間関係
    そして
    自ら そこに切り開いて 何かを掴み取る事が出来ず
    (人の心に対して。職業柄 何かを達成させてきたものは多いが・・・)
    ただ ただ 人の心奥深く踏み入る事を避け続け
    人では無く言葉・知識・そこに血の通った温もりの無いただの情報を
    信じ続けて来た彼の人生が伺える。

    彼は
    生後から外表奇形を持っている
    それで 入退院を繰り返してきた。
    病院の医師を前にして ”もう注射はしないでください”
    。。。っと 涙ながらに訴えていた子だったと
    義母さんからも 話を聞いていた。
    外表奇形がある事で
    心無い友人たちの言葉に傷ついた幼少の時もあったろうと思う。


    彼の家では
    義父さんが会社を経営し
    義母さんが職員全員の昼食・夕食の食事 そして
    21時には夜食までつくり
    夜遅い時は泊りの宿舎まで兼ね備えていた。

    幼少のころ 小さい彼を台所に入れる事をしなかったと
    義母は言う。

    彼には 周囲に関心を持たれない環境の中に育ってきた。
    毎日よる遅くまで 仕事をする両親には
    子供と対話する時間さえ持てなかった。
    小さい彼に対して 無関心であったのだ。

    同年代のいとこや 兄弟もいない。
    彼は そんな自分が負ってきた人生の中で
    自分自身の周りの環境から自分自身が選択してきた時を経た中
    何らかの暗い影が深層心理に在り
    なにかと家族の中で生じてくる問題がある。


    あの膨大な知識・頭脳は PCや広辞苑並みだ
    常に 何か疑問が湧けば 外食中にまで携帯を持ち
    その場で調べる 調査する 研究する体制に入る。
    それは 例えば
    何かのドラマで表現されていた”検索君”とも似ている。


    何かを知りたい 何かの知識を得たい 何かの情報を得たいというのは
    何かに飢えているせいなのかもしれないとも感じる時がある。
    ただ そこに ぬくもりのある・血の通う”人”が介入することはない。


    ふとすると向かい合っているのは
    その時々に流れる言葉であったり 
    ふと意識に浮かんだもの 誰かが投げかけた言葉
    だったりする。
    多くの 知識人の言葉を 一字一句そのままに
    何も見ずに その口から出てくる。
    ただ その言葉を踏まえ 自分はこう思う 自分はこうだと感じる・・・
    など 何かに対し 感じる 感覚が欠如している。
     
    そして
    常に身に付けているインターネットの世界にその意識が入り込んで行く
    そこに溢れている 情報から 何かを発見し続ける事に
    喜びを感じるのだろう。

    前に仏陀の本を読んでいて ”意識は這えずり廻る”・・・という表現を
    目にしたことがあるけれど
    目の前に在る 生身の人間よりも その自分が欲する情報・知識に
    その意識は 這えずり廻り続けている感じだ。

    前にNHKのスペシャルで
    ” 携帯依存症”の事を取り上げたことがあったが

    あるお母さんが子育てについて 悩みをネット上でつぶやき
    そのつぶやきに対応している その傍らで 子が泣き続け
    挙句のはては その子は 一人遊びを覚え 母親を寄せ付けなくなった。
    。。。という実際の経験者の事例が紹介されていた。

    そして 私自身も 買い物中 泣き叫ぶ子の手を引きながら
    その母の視線は携帯に注がれ 何らかの文字を打ち返している・・という場面にも
    遭遇している。


    現代の人と人の絆の希薄さ。
    そこから その心には 寂しさや 何かが足りないと這いつくばって
    心満たせると感じているものを 取りに急ぐ 多くの人たちの
    ”心の闇”を感じる。

    ただ 
    その闇は 何らかの満たすものを掴んだように見えても
    結局は 底がなく 終わりが見えない。
    何かを欲し続けている 多くの姿が見えている。

    心は 潤うことなく 乾き続けている・・・
    そして
    一瞬の満足しだとわかっていても
    終わりのない 情報集めに翻弄し
    実生活に何の摩擦を生じる事のない
    架空のネット上の関わりに執着し 安心を得る。

    簡単なのだ・・・

    自分の父の会社の問題や
    母の病気の問題・・・
    彼らに無視をされ続け
    (意図的にではない 状況がそうさせたのだけど)
    自分自身に 彼らに対する情がわくことはない
    ・・・

    何かを感じたとしても行動に踏み出せない。
    その対象の心の奥に入り込むタイミングを逃している。

    これは 自分自身が傷つく事の恐れと
    他者を傷つけることの恐れがあるのだ と言う。

    でも・・・
    たぶん

    自分が傷つく事の恐れを多く占めているのだろうと思う。

    対象となる人との関係の中に 何かを感じた時
    それが 怒りの感情だとしても
    それを
    自分自身の中 奥底に抑え込む事をしないで
    それが 大きく膨らみ過ぎてしまう前に
    吐き出して 解放させる事が 
    彼には必要なのだ。

    対象となる人に それを 吐き出す事が 
    たとえ 
    いっとき 自分が傷ついたり 他者が傷つく事になったとしても
    そこを越える事をしないと
    自分自身や 対象となる人の想いの深い部分を照らし合わせ 
    そこから新たな意識を生み出す事が出来ない。


    違いある意識が触れ合った時

    一方だけの意識に留まることなく
    一方的な妄想に 意識が膨らむ事もなく
    遥かに
    ポジティブに向かう可能性は広がる。



    互いが歩む道 は 互いが触れ合う 打ち明け合う
    心を分かち合うことで 新たな明るい道が開くことになる。


    □*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□

    交野キリスト教会 前牧師
    =小形 真訓=

    〜こころの時代〜より

    =マタイの福音書7章3節=
    なぜあたなは兄弟の目の中の塵に目を付けるが
    自分の目の梁には気付かないのですか。

    組織の中で働いていた時 摩擦・衝突があった。
    中間管理職にあり
    部下の為にやりやすいように配慮しているつもりだったが
    余計にかき回している様に感じ それから教会に通い始めた。
    全て 相手が悪いと思っていた。
    でも 半分以上は 自分が悪いのではないかと
    思うようになった。
    自分は大変な事を見落としていたと感じた。

    聖書は "偽善"という点を 指摘している


    =マタイの福音書7章3節=

    なぜあたなは兄弟の目の中の塵に目を付けるが
    自分の目の梁には気付かないのですか

    他人の欠点だけ目について
    自分の中の大きな問題点になぜ気付かないのか?
    ・・・と説いている





    妹が27歳で病気のため入院3か月で亡くなった。
    小さい子供を残し。
    病院に聖書を持ち込み 聖書を読ませようと思った。 
    その中から自分で何かを発見できると思った。
    1週間して 面会に訪れた時
    ”読んだ”と言った。それでいいと思った。

    委ねるという考え方が持てる。
    妹が聖書を開いて 何かを得ようとした。
    私にはそれが何かとは知り得ないが ”読めた”という事が
    何かを物語る。それで良いと思った。

    教えを通して
    死に対する恐れとか 何かの手助けになればと思う。



    =ヨハネの福音書12章24節=
    一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ
    それは一つのままです。
    しかし もし死ねば 豊かな実を結びます。

    妹が死んだときに思ったのが これであった。
    妹を一粒にしよう。
    私が何もしなければ 何も起きない。
    自分が何かをすることによって 教会活動をすることによって
    大きな実を結ぶのではないか。
    妹の死をきっかけに 教会の活動を始めた。
    これでいいのではないかと思った。


    =自分が求めれば 与えられる。=

    求めれば なんでも与えられるのではなく
    これは
    どうしてもやりたいと
    色々考えを巡らせ考えを詰めた時 与えられる。

    定年退職後 6年後 聖書やキリスト教に学び
    正式な牧師になった。

    牧師になり 先にボランティアとして実践をしていた。
    思い詰めた気持ちより もうやらざる負えなかった。
    引き受けざる負えず そうなった。
    若い牧師さんは神に選ばれ そうなったと感じている。
    でも 自分自身は追い込まれこうなった
    自分自身から また環境からそう追い込まれ
    今の自分になった。

    牧師になる前は 信徒の一人でボランティアで
    やめたいときはすぐにやめる事が出来た。
    教会の為に働いていたが 義務感を感じなかった。
    尽くしてきた 誇りがあった。

    牧師になり
    ボランティアではなく引くに引けない 責任がある。 
    信徒として 同じことをやっているのだが重みが違う 
    自分で感じているのは 前向きにそれを引き受けている。
    ここで 自分の残りの生涯を過ごそうと思った。


    聖書は実用書である。
    生活上の教えが散見する。

    何かをやっちゃいけないと言っているのではなく
    もっと 前向きにつかう事が出来る。


    =ルカ福音書16章10節=
    小さいことに忠実な人は 大きな事にも忠実であり
    小さいことに不忠実な人は 大きな事にも不忠実です。


    大きな事を言って 立派な仕事をしていても
    煙草をポイ捨てしていたりする。
    職場で紙屑を ポイと捨てている者もいた。

    ごみは拾って ごみ箱に捨てていた。
    それを 見て ほかの者たちも真似をして
    きれいになっていった。

    聖書ばかり読んでいても良くないと
    思った。
    自分でやればいい(実践すれば)と思った。

    どういう気持ちで 毎日の仕事に当たってゆくか。
    私たちの心構えをしっかり持たなければならない。


    =マタイの福音書6章34節=

    明日の為の心配は無用でる。明日の事は明日が心配します。
    労苦はその日その日に十分あります。


    私は こう言い聞かせながら乗り切ってきた
    ●嫌なことから逃げない。
    ●今日の仕事を明日に伸ばさない
    ●気の進まない仕事を先にする
    聖書をもとにして 自分に言い聞かせてきた。


    =マタイの福音書6章25節=
    自分の命のことで 何を食べようか 何を飲もうかと心配したり
    また 身体のことで 何を着ようかと心配したりしてはいけません。
    命は 食べ物より大切なもの
    身体は 着物より大切なものではありませんか


    何を着るか 何を食べるかを毎日考えている
    それだけでは もったいない。
    その先に出ていきたい。
    出て行って何があるか 出て行った先に何があるか
    それが 聖書の中にある。
    そういう事を考えると
    自分は今日一生懸命生きればいいと思った。
    明日のことは明日考えよう・・と
    思いっきり 想いを切る事が大切。

    それでいい それ以上考えてもしょうがない。
    自分の出来る範囲で 自分の居る場所で
    自分のベストを尽くす 
    自分の生きる範囲で 今日を生き 一生懸命生きる。


    人々の心に 豊かな 実りをもたらす種を植え続ける事が
    神が与えてくれた 使命だと思っている。

    震災以来 東日本大震災以来 宗教に関心を持つ人が多くなっている。

    人間の心に 防波堤を作る事
    どんなこと・どんな苦しみが襲ってきても  
    それを跳ね返す”防波堤”自分を守ってゆくための”防波堤”。
    それを自分自身の手で築いて行く事が 必要だ
    と思う。

    そういうヒントを聖書や教会から それを見つけ 探し出す事が出来
    自分のものにする事が出来る。
    非常時対策をしてゆく事の手助けをしていきたい。

    宗教というものは 怠け者を作るのではないかと
    思われている部分もあるが 逆に 
    節度ある働き者を作り出す

    宗教は逃避だといわれているが逃避ではなく
    前向きに生きてゆくために足場を作ってくれるもの
    宗教だと思う。

    宗教は縛るから嫌だと思っている人もいると思う。
    でも 何が 自分を縛っているかと問えば
    その人の欲に縛られてるのではないかと思っている。
    そういう束縛から 解放するという大きな働きの一つである。

    冠婚葬祭専用 だとも思われている。
    冠婚葬祭に押し込められている様にも思う。
    宗教が社会的に機能する場というのが これから作られていって欲しい。

    仏教やほかの宗教も努力する必要がある
    日常の生活と 宗教が離れるのではなく
    近い所に 毎日の暮らしに 
    近い所で 宗教がとらえられればいいと思う。

    □*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□


    心の闇は 自分自身で それに気づく事が必要だ。

    自分自身の真(深層に流れているもの)を浮き彫りにさせてくれるものは
    対象となる人(鏡)を 自分自身が見て  感じる事が出来るか
    。。。
    そこからそれを解放させる手立てを導き出し
    繰り返し 浄化させてゆくしかない。(共に密に歩む人たちと・・)
    当たり障りない 人と人との関わりの中には
    その深い部分を見出す事も出来ない。
    それを観なくても
    済んでしまう様な関係の中ではなく
    体当たりの関係から 人の深い部分を垣間見る。
    それを その当事者たちが どう導いてゆくか
    どう 現実を生きてゆこうとするのか。

    わけもわからず その人の周りに生じてくる問題は
    その人の心の奥に 解決の糸口になるものが存在する。

    それに 気付いて それとどう生きてゆくか・・なのだ。


    さて・・・



    私が こんな風に心に介入する度に
    突き詰め 話を深めてゆく度に
    娘も パパも 清々しい顔になる。

    自分自身をさらけ出す さらけ出せる存在。

    そして
    さらけ出せる 自分の場所 自分の時
    そういうものを 人が持ち生きて行けることは
    それを解放に向かわせるための時を与えられている事にもなる。
     
    自分とは違いを持った人達と時を流れ 生きゆく中
    自分の心をも 
    互いの心と共に 浄化させて行く時を持つ事が
    とても重要だ。



    今年 最初のオラクルカード・・・☆

    • 2012.01.03 Tuesday
    • 00:43
    JUGEMテーマ:エッセイ


     =Infinite Abundance=

    you're Fully supported as you devote
    yourself to your Divine life purpose.


    This card provides the reassurance that as you focus upon being of service
    and following your inner guidance, your needs are taken care of.
    The more you can let go of worry and trust in the universe's infinite abundance, the faster your flow of abundance comes to you.
    Always remember that prayer and positive feelings improve situations, while worry worsens everything.
    You can give any concerns over to God and the angels for healing.

    The abundance comes to you in unexpected ways, so you needn't waste time or energy trying to guess how your needs will be met.Instead, devote your thoughts and actions to following the voice within you. This is your career partner and manager, as it's the voice of your answered prayer. All prayers are heard and answered; listen especially to the response that comes to you in from of intuition.

    Hold positive visions and feelings of being financially secure.Affirm that this is your truth, right now. See and feel yourself completely supported...and it is so! You will be given specific directions as to how to enact the answers to your prayers. It's essential that you create quiet time to listen to this inner guidance, and then act upon it without delay or hesitation.

     
     



    +*゚。*。゚*+―+*゚。*。゚*+―+*゚。*。゚*+―+*゚。*

    明けまして おめでとうございます♪
    2012年 新たな年 新たな時を迎えました☆
    皆さん 楽しいお正月をお迎えでしょうか?

    私は 年末に肺炎と胸膜炎になり 帯状疱疹以来 強い痛みに襲われ
    呼吸苦も伴い 腹式呼吸が出来ず 肩呼吸で
    どうなる事かと思いましたが 現在 無事に軽快致しました♪

    新たな年を 新しい出会いと共に家族を囲んで 
    団らんの時を過ごされている方もいらっしゃると思います。
    今の時を 共に喜びを感じているかな?

    私は そういう事もあって 家で療養の延長を過ごしています。
    昨年は 様々に
    今まで見なくても日常を過ごせていたもの
    見えていなかったものが 浮き彫りになる様な出来事も 様々にありました。
    あの震災でも 今の私たちの生活のあり方にでさえ
    考える時間 考え直す時間を与えられたような気もします。

    皆さんは
    ご自身の身近な人たちと
    今の時を
    どんな風に生きてゆきたいですか?
    どんな未来を
    その方達と築いて行きたいと お考えですか?

    身近な人達と
    どんな関わりを持ち
    どんな心の交流を保って行きたいと
    ありふれた様に見えていた 日常の中
    煌めく何かを見つけられていますか?
    日常にある どんなものに目を向け
    時を過ごしたいと 思いましたか?


    このお正月に 私の大好きな『ベートーベンウイルス』
    ・・という韓国ドラマの放映がありました。

    その中に =4分33秒=という 曲を演奏する
    ・・・という場面がありました。

    その中で 市交響楽団に対し 権力を振りかざす市長に対し
    抗議の意味で 指揮者” マエストロ・カンゴヌ ”は この曲を選曲し 演奏します。

    マエストロ・カンゴヌは
    怒りを 沸々とさせ近づく市長に話します。

    *:.。o。.:*

    ジョンケージのこの曲は偶然性の音楽理論に基づく現代音楽です。

    4分33秒の間 演奏のない状態で 
    公演会場で生じる全ての音が
    どんな音楽に聴こえるか
    感じてみる
    のです。

    皆さんも同じです。
    咳。 
    して下さい。
    紙が落ちたら拾い。
    電話が鳴ったら出る。 
    音楽は皆さんの周りにあります。
    それを楽しむのです。

    この演奏中 何を感じましたか? 怒り 欲? 
    自分だけ生き残ろうとするエゴ?
    素直に認めて下さい。

    それが
    あなたの音楽であり 心の奥の本性
    です。

    *:.。o。.:*

    心の奥のことは 誰にも知り得ることは
    出来ません。
    でも 
    その心の奥で描かれるものは やはり現実にも
    知らず々反映されて行くものだと私は思います。
    心の奥に生じる その本性とは 本質であり
    表面的に何かで繕ったとしても
    それは本質にあるものがその人の真の姿である限り
    その本質が その人そのもの・・という事になる。

    自分だけの世界を
    自分の思う様に 描きたいように描く事が
    自分自身の世界を築くという事の様に
    私は思います。

    あなたの想い癖 心の奥に生じてくるものとは
    どんなものでしょう?


    静寂の時
    また
    何か使命を負う時
    そして
    せわしない喧噪の中に居る時
    その心に生じてくるものは なにか・・・


    昨年 
    あの震災や 津波による 福島原発の事故を受け
    私たちは
    日常の生活の在り方から科学の在り方
    人と人との繋がり 関わりについてまで
    今の在り方で ほんとうに良いのか・・・?
    無関心であったものは無かったか
    ちゃんと目を見開いて 意識を覚醒させ
    見るべきものを 見つめる事をしているか?
    ・・など

    その人の心の奥に
    何かしら 多くのものを投げかけられたきっかけを与えられた
    ・・・のではないかと思います。

    今まで 見ようとしなかった
    それを観なくても 日常を過ごす事が出来ていた時は 
    過ぎ行きました。
     
    目に見て 実感して
    その身に深く 感じ入った人も多いことと思います。

    自分の目の前にあっても
    見る事が出来なかった

    それを その目に映す間もなく
    毎日をあくせく 忙しく
    自ら時を激流に変え そこに流される様に
    立ち止まる事をせず生きてきた人たちも・・・

    きっと
    あの震災の惨状を見て 心に感じたものがあるはずです。

    あっと いう間に 波に攫われて行く人たち
    そこには 
    小さな乳飲み子も居ました。
    目の前に人がいても 助けられない現状
    ・・・が そこに在った。

    人の生とは その終わりがあるのに
    その終わりを意識せず ただ 毎日が過ぎ行くように
    思えていた。

    でも 時には 必ず終わりがあって
    それは 誰も知り得る事は出来ない。

    だとすれば
    今 自分自身に与えられている時を
    どう 自分は生きてゆきたいのか?
    どう 人と生きてゆきたいのか?

    家族を持たず
    家族と過ごす時間も犠牲にして
    大きな世界に訴え 活動している人もいる
    でも それだけが
    それを考えているのだという事でもない。

    今 自分自身の生の中で
    自分自身が出来る 生きる時の中で
    自分自身が いかに ”今の時”を生きるか・・・
    。。。という事を
    それぞれが 目を開け 意識を覚醒させ
    生きてゆく時だと私は思います。


    みなさんの2012年は どんな一年にして行きたいですか?

    その心に描くものが あなたの世界になるのだろうと
    私は思います。


    それぞれに・・・

    その奥には 平和と 愛をもって
    自分自身の真意を 伝えるべき時に 伝えるべき人に伝え
    触れる意識に 行動がスムーズに伴う様
    自分自身の身の回りに居る人たちと共に
    生きて行ければ・・・と
    思っています♪


    *・゚*:.。.☆☆.。.:*・゚*:.。.☆☆.。.:*・゚*:.。.☆☆
    ≪**手帳の中で見つけた言葉**≫

    ほんとうに大切な事の為に
    もっと時間を割り当てましょう。


    背負いきれないものは
    周りの人にお願いしても良いのです。


    今年は やらなくて良いことの為に

    貴重な時間を削らない様 計画しましょう。


    *・゚*:.。.☆☆.。.:*・゚*:.。.☆☆.。.:*・゚*:.。.☆☆


    P.S
    現在(H24/1/3) mixpod に『ベートーベンウイルス』の
    最終章で 演奏された 「ガチョウの夢」を
    一曲目に添付しています♪
    とても良い曲です*

    *日本語歌詞を添付しておきます*

    =ガチョウの夢=

    私には夢がある
    傷ついてボロボロになっても
    いつも 心の奥底に
    宝物のように大切にしまっている夢

    たとえ 
    誰かにバカにされ 笑いものになっても
    私はずっと耐えてきた
    その日の為に耐え抜いてきた

    みんなこう言うの
    ”叶わぬ夢は見るな”
    ”なるようにしか ならないのだから”
    ”現実を受け入れろ”

    それでも 私には夢がある

    夢を信じる 私をどうか 見守って
    運命という冷たい壁にだって
    堂々と立ち向かう
    いつの日か その壁を乗り越えて
    高く 羽ばたけるはず

    どんな現実にも負けたりしない

    どうか 見守っていて
    心から笑えるその日まで。。。

    *・゚*:.。.☆☆.。.:*・゚*:.。.☆☆.。.:*・゚*:.。.☆☆

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