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  • 2019.10.23 Wednesday

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    久々の投稿

    • 2019.10.23 Wednesday
    • 07:11

    https://pin.it/rfzmrze44ytxuy

    イルカの

     

    光に向かって 真っ直ぐに泳いでゆく姿に

     

    感動を覚える

     

     

     

    JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

    マインドフルネス講演会…*

    • 2015.04.30 Thursday
    • 16:10


      

    〜Happiness is The Way〜

    幸せへの道はない
    幸せこそが道なのだから
    〜ティク・ナット・ハン〜


    「マインドフルネス講習会」に昨日参加してきました。現在 退院し プラムヴィレッジで病気療養中の彼に代わり ティクナットハン師の法灯を継ぐ高弟の一人ティク・ファプ・アン師をはじめ他三人のお弟子さんの法話リレーをお聴きし プラムヴィレッジ僧侶団による穏やかで美しいチャンティングも聴くことが出来ました。




    素晴らしい体験です。




    「気付いている」というのは
    どういう状態なのでしょう?





    今に生き ここに居て
    息をしてここにいるのだから

    気付いている。…これがその状態なのでしょうか?




    今 ここにいても 
    過去の出来事に思い悩み 
    遠くにある未来を不安に思う。

    そんな時 

    私達の意識は今から離れ
    何かに捕らわれ彷徨っています。


    過去に引きずられ 
    今とはかけ離れた未来への不安で 
    私達は何かにせき立てられる様に
    注意や意識を 
    今とは別の場所に移しています。




    心と身体は離れてしまっているのです






    今 ここに戻る時。

    呼吸に意識を向けましょうと
    師は言いました。







    息をする。

    歩く。

    食事をする。

    それを味わい じっくり感じる…こと。





    息を吸って肺の膨らみを感じ
    穏やかさを取り戻す。

    息を吐いて 穏やかに 
    捕らわれていたものを手放す。





    自分の中にある幸せに触れ
    もっとも安全で安心できる
    自分の中の「幸せ」に触れる。



    心を身体に連れ戻す。




    何をしていても
    「気付いている状態」を保つ。




    特別な時間を取らなくても大丈夫。




    優しい慈悲に満ちた自分で人と対話する。




    上手く行かなかった事が思い浮かんでも

    微笑むと
    新しい自分に変わるエネルギーが湧きます。




    呼吸に気づいていくと
    緊張や無駄な力を抜く事が出来る。

    呼吸に還ると
    今に戻ることが出来ます。




    人はネガティブに意識を向けやすい。
    悪い点を見ているので 良いものが見えていない。

    だから見る景色は 明るい場所を求めましょう。



    引きずり回すエネルギーがあったとしても
    明るい景色を観ましょう。




    繰り返し 繰り返し 
    気付いていきましょう。


    繰り返し 
    呼吸に戻りましょう。





    競争で誰かになろうとしなくても良いのです。
    自分自身であれはそれで良いのです。


    呼吸に戻り
    今にある幸せに気づけば
    今 とてもカラフルである事に気づけます。






    今のこの道のりが幸せである。
    幸せへの道はないのだ。…と気付く事が出来るのです。






    +*.+*.+*.






    講習会では
    法話のお話しの最中に
    実践してみましようと 鐘の音を鳴らしながら
    呼吸に意識を向ける事を時々しています。




    伸びやかに鳴り響く鐘の音と共に
    呼吸と共に自分の意識が調っていくのを
    心地良く感じることが出来ました。




    現実に人と生きることは
    様々なエネルギーを生みやすく
    強いエネルギーには
    引きずられる事もあります。



    それでも 日常生活の中で

    自分の中の幸せ 穏やかさ 安らぎに戻るため
    呼吸を意識を戻し 自分にかえること。

    心掛けていきたい 習慣です。










    #ティク・ナット・ハン
    #法話 
    #幸せ

    心に触れてくる・・・***

    • 2013.08.10 Saturday
    • 19:37
    JUGEMテーマ:小説/詩


    心に触れてくるものは
    わたしの心 そのものを映し出す。
     
    惹き付けられ
    わたしの意識が照らされ
    わたしの世界になる。


    わたしを
    惹き付けるものは
    わたし そのものを映し出す。

    わたしは あなたであり
    あなたは わたし。

    わたしとあなたには 差が無くて
    わたしが観るもの 全てが わたしであり

    わたしそのもの。。。


    わたしが観る人
    わたしが話す言葉
    わたしが目にする想い
    わたしの耳に届く声

    あなたがわたしに向かい
    あなたがわたしに言葉にして
    わたしにあなたの意識が向けられる。

    わたしのこころがわたしから放たれ
    あなたのこころはわたしに届く

    そこから 全ては 生まれ来る
    。。。




























    □*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□






    さとりの境地・・・***

    • 2013.07.03 Wednesday
    • 12:44
     JUGEMテーマ:精神世界をめぐって


    自分と 他との違いに苦しみ
    自分に降りかかるものに 人は 時に惑い 途方もなく項垂れる。

    こころ百景 禅宗 京都 妙心寺 の 回

    ・・悟りとは どんな境地か・・ の 問いに対し
    前法務部長  土井克彦師 の言葉


    悟りというのは その言葉通り
     ”差を取る” ということ。

    = 自他一如 = 
    自分と他人が一つになる。

    あらゆる人と あらゆるものと
    自分は一体である。ということ。

    この地球上に存在すいる
    全てのものと 自分とは なんら変わりが無い。

    そういう気持ち。
    その意味合いがある ということ。

    と 答えた。


    今という瞬間に ≪ここで生きる "自分"≫という存在に
    真摯 に向かって生きる。

    そう 禅宗の妙心寺では 教えを繋いでいると解説していた。


    +*゚。*。゚*+―+*゚。*。゚*+―+*゚。*。゚*+―+*゚。*




    自分が意識を止めるものは
    自分の意識が 呼び起こすものであり
    引き寄せている。

    自分の目の前にある
    自分とは まったく関係が無い と思われるものの中にも
    何らかの自分を映し  
    何かを囁き 問いかける。




    ◆◆◆
    娘と生きる中 様々に
    自分の人生に負わされるものがある。
    彼女が 自立し 生きる事が出来る様
    支える毎日

    主人とも
    マンションからマイホームに移り住み
    庭を介しても様々に
    共同作業をする事が多くなった

    ご近所との付き合いも
    面倒に観える様なものの中にも

    違った思考 違った意識
    違う年代の人が集う事で
    日々 生じる出来事を 共に知恵を出し合って生きる
    という事を実感する。

    80を超える お義父さんには
    自分のやってきた行いを認められない 事への不満を
    打ち明けられる。

    自分の行ってきた事が その人の為に行ってきた
    と勘違いして来た事から生じている。

    愛とは どういうものか
    その人の苦労 苦しみ を
    全て 自分が代って負ってしまうもの?
    彼自身の 満足。
    自分がこれだけのものを代ってやってやった
    て 思いから派生した問題が
    今のお義父さんを苦しめる。

    無償の愛とは
    その人の 苦しみを 自分が代る事ではないのだろう。

    自分に与えられた苦しみでさえ
    その人の財産になる事がある。
    楽が全て善し ではない。

    そして
    苦だと感じる事を
    観ない様に生きる事でもない。

    共に
    苦を工夫や知恵で超える事。
    共に・・・ が ポイントだ。

    そして
    その人にとって
    自分の力で乗り越える力を持たせる事が
    愛である様な気もする。

    苦に直面した時の在り方
    強く自分の生きる力を輝かせる様発揮させる事が
    愛である様に 今は実感している。

    執着や 密着した愛は 人を駄目にする事が多い。


























    □*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□


    ずっと この心に・・・☆

    • 2013.01.15 Tuesday
    • 09:02
    JUGEMテーマ:スピリチュアル
















    繰り返し・・響いてくる・・・

    Song of Life - Full Version (by OfficialLibera)


    ずっと 心に囁きかけられていた。。。




    We shall never be alone
    as we link our hearts in one・・・









    We shall never be alone・・・

    愛は 燦燦と降り注ぐ・・・

    独りを感じる事があっても けして私達は一人ではない。
    全ては大きな一つの愛で繋がっている

    独りを感じ 孤独の世界に在る様 錯覚しても
    あなた方は 大きな愛の一人一人
    大いなる源と 繋がっている。

    慰めであり 励ましであり 勇気であり
    大いなる愛は降り注ぐ
    絶え間なく。。。

    そして 愛の一人 愛そのもの
    あなた方は 大いなる愛の源
    愛を生むもの・・・



















     ◆・.。*†*。.・◆・.。*†*。.・◆・.。*†*。.・◆・.。*†*。.・◆

    気がつけば*:.。o。.:*☆

    • 2013.01.15 Tuesday
    • 00:18
    JUGEMテーマ:小説/詩











    時を生きるから
    纏うものもある・・・

    その纏うものにでさえ
    心は
    向き合うべきもの・向き合うべき時に
    向き合い
    自らの今を生きる。


    この世に放り出され
    彷徨う過去も
    今は幻
    。。。



    彼を目の前に
    彼の生きた(生きる)さまを見せつけられ

    苦しみを与えられても 穏やかな彼の姿に

    まるで
    自分自身を見るように
    頬に 涙つたう
    。。。



    何のためにわたしは生まれ 生きるのか
    。。。



    魂が響き合う 友が居る
    魂の奥深い所から呼び合う
    。。。

    魂は出会い
    励まし合い 勇気を与え合う。



    与え合い
    支え合い
    温め合う


    目に見えぬ姿 感じさせてくれる
    形にならない 大いなる存在
    。。。



    我らを 見守り 燦燦と愛で照らし
    愛 降り注いでいた
    。。。

    我らの奥深き所にこそ 愛の源があると
    気づかせる
    。。。


    傷を受ける時にでさえ
    それらは 何かを知らしめるもの
    。。。


    愛を忘れた天使たちに
    愛をその心に蘇らせるもの
    。。。



    全ては 愛・・・

    全ては
    愛に包まれ
    愛を大きく放つもの


    傷つき 悲しみの中にある天使達よ
    注がれる愛に気づき 自らの愛の源に気づけ
    その源は 愛 滾々と湧き立つところ




    大いなる存在は 全てを許し 受け入れ
    両手 広げ
    全てを  抱きしめている
    。。。





     




    ≪My instagram≫ 写真と言葉の場所 (*^^)v


    ≪My Tumblr≫ 想いを止めて置く場所☆



















































    ゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚..:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:



    無の中にあるもの・・・☆

    • 2013.01.13 Sunday
    • 15:56
     


    新しい年を迎え ある友人に手紙を送っていた。

    彼女は
     『100毎回生きたねこ』の絵本を
    私に贈ってくれた女性だった。

    彼女は
    絵本の世界は未知だと言う。。。

    そこには
    具体的に事細やかに 言葉などで
    何かを具体的に描写しているわけれは無いけれど

    たくさんの事を語っている様で 好き。。。と
    私も彼女の感じ方に多くを共感できる。

    見えないものの中に多くを感じ取れる
    。。。

    多くの目には見えない物事に 意味を見出せる。
    学びに変え 喜びに変える事が出来る。

    とても素晴らしい事。



    □*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□



    『ベートーベンウイルス』
    ・・という韓国ドラマの中で
    =4分33秒=という 曲を演奏する・・・という場面。


    市交響楽団に権力を振りかざす市長に対し
    抗議の意味で
    指揮者”カンゴヌ マエストロ”はこの曲を選曲し 演奏します。


    カンゴヌマエストロは
    怒りを 沸々とさせ近づく市長に話します。

    *:.。o。.:*


    ジョンケージのこの曲は
    偶然性の音楽理論に基づく現代音楽です。



    4分33秒の間 演奏のない状態で 
    公演会場で生じる全ての音が
    どんな音楽に聴こえるか
    感じてみる のです。

    皆さんも同じです。

    咳。 
    して下さい。

    紙が落ちたら拾い。

    電話が鳴ったら出る。 

    音楽は皆さんの周りにあります。
    それを楽しむのです。



    この演奏中(音の無い演奏中) 何を感じましたか?

    怒り? 欲?
     
    自分だけ生き残ろうとするエゴ?
    素直に認めて下さい。

    それが
    あなたの音楽であり 心の奥の本性 です。



    *:.。o。.:*





    心の奥のことは
    誰にも知り得ることは出来ません。

    でも 
    その心の奥で描かれるものは やはり現実にも
    知らず々反映されて行くものだと私は思います。

    心の奥に生じる その本性とは 本質であり
    表面的に何かで繕ったとしても
    それは本質にあるものがその人の真の姿である限り
    その本質が その人そのもの・・という事になる。


    自分だけの世界を
    自分の思う様に 描きたいように描く事が
    自分自身の世界を築くという事の様に
    私は思います。

    あなたの想い 心の奥に生じてくるものとは
    どんなものでしょう?


    静寂の時
    また
    何か使命を負う時
    そして
    せわしない喧噪の中にも
    その心に生じてくるものは なにか・・・


    2011年 
    あの震災や 津波による 福島原発の事故を受け

    私たちは
    日常の生活の在り方から科学の在り方

    人と人との繋がり 関わりについてまで
    今の在り方で ほんとうに良いのか・・・?

    無関心であったものは無かったか
    ちゃんと目を見開いて 意識を覚醒させて
    見るべきものを 見つめる事をしているか?
    ・・など


    その人の心の奥に
    何かしら 多くのものを投げかけられたきっかけを与えられた
    ・・・のではないかと思います。

    今まで 見ようとしなかった
    それを観なくても 日常を過ごす事が出来ていた時は 
    過ぎ行きました。

    目に見て 実感して
    その身に深く 感じ入った人も多いことと思います。

    自分の目の前にあっても
    見る事が出来なかった

    それを その目に映す間もなく
    毎日をあくせく 忙しく
    自ら時を激流に変え そこに流される様に
    立ち止まる事をせず生きてきた人たちも・・・

    きっと
    あの震災の惨状を見て 心に感じたものがあるはずです。

    あっと いう間に 波に攫われて行く人たち

    そこには 
    小さな乳飲み子も居ました。
    目の前に人がいても 助けられない現状
    ・・・が そこに在った。

    人の生とは その終わりがあるのに
    その終わりを意識せず ただ 毎日が過ぎ行くように
    思えていた。

    でも 時には 必ず終わりがあって
    それは 誰も知り得る事は出来ない。

    だとすれば

    今 自分自身に与えられている時を
    どう 自分は生きてゆきたいのか?
    どう 人と生きてゆきたいのか?

    家族を持たず
    家族と過ごす時間も犠牲にして
    大きな世界に訴え 活動している人もいる

    でも それだけが
    それを考えているのだという事でもない。

    今 自分自身の生の中で
    自分自身が出来る 生きる時の中で
    自分自身が いかに ”今の時”を生きるか・・・
    。。。という事を

    それぞれが 目を開け 意識を覚醒させ
    生きてゆく時だと私は思います。


    みなさんは どう生きていたいですか?

    その心に描くものが あなたの世界になるのだろうと
    私は思います。


    それぞれに・・・

    その奥には 平和と 愛をもって
    自分自身の真意を 伝えるべき時に 伝えるべき人に伝え
    触れる意識に 行動がスムーズに伴う様

    自分自身の身の回りに居る人たちと共に
    生きて行ければ・・・と思っています♪



    ≪トップの一部を を再度記載しています≫

    ゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚..:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:





    H2012.7  NHKハイビジョン特集

    〜漂泊のピアニスト アファナシエフ もののあはれを弾く〜より



       金剛流26代宗家
    *金剛永謹(こんごうひさのり)*

    = 禅のなかに『無』というのがある
      『無い』ということ。

      その『無い』というところに全てがあるんだという
      無色に色んな色が全部入っているとか
      音の無いところに全ての音があるとか
      そういう感覚を持つんです。

      それは能のお囃子の単純さなんです。

      単純でありながら
      すごく多くのものを含んでいる世界ですね。

      クラッシック音楽を聴いていても感じた事がある。
      『無』に意味があるというのは

      お能のお囃子は無の間の緊張感・精神の絶え間ない
      緊張感を特に大事にしていて
      そこの区切りのように音を出してくるんですけれども

      かつて聴いた
      あるクラッシックの演奏の音の無い部分の緊張感というのは
      お能の音の無い部分と同じだと私は感じたことがあります。


    *ビアニスト アファナシエフ*

     =全く同感です。

      音楽家にとって非常に大事なのは
      音楽が静寂に基づいていることを知ることです。

      もし静寂が聴こえなければ
      音楽が存在しないも同然です。

      静寂とは音楽が生まれ
      そして消えゆくところです。

      その事は皆知っていますし
      言うのは簡単です。

      しかしそれを演奏で表現するのは
      極めて難しい事なんです。
      というのも
      一つの曲を弾き始め そして弾き終えるまで
      ひとときたりとも その静寂を
      とぎらせてはならないからです。
      フルオーケルトラがフォルテッシモを奏でている時でさえ
      静寂に耳を傾けるべきなのです。



    =アファナシエフの詩=

     過去には何もない
     未来にも そして現在にも
     森の中に腰を下ろし 耳を澄ませる
     すると全てが聴こえてくる
     形なき人を見ることは出来ないが
     その声を聴くことは出来る。





    □*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□


    何か役を演じていると楽。



    自分はこうだ ああだと決めたくない。

    自分の性格というのは 持ちたくない。


    自分の性格が良くわからないというのが

    役者をやっている理由なのかもしれない。



    〜長谷川 博巳〜

    NHK =裸にしたい男= より



    *:.。o。.:*


     
    大沢さんは今回の牧田という役に関して
    全体楽しんでやっていると思うんでほんとぶれない。
    自分で作った牧田っという役を
    やりながらんどん広げて行っているっていうか
    こう さらに尖がらせているっていうか。

       〜映画 ストロベリーナイト 監督〜

    ー 役を どう作りこんできましたか?

    言えない。
    それは 観て楽しんでもらった方が良い。

    僕の細かいインフォメーションは 
    映画を観るんだったら不必要な気がするんですよ。

    照明さん こう当てているからこう観えるんですよ。
    こう撮っているんですよって
    一回一回説明されたら 
    夢の世界に行けないじゃないですか。お客さんが。

    それと僕は同じだから だと思うから
    知る必要ないと思うし
    言う事によって映画の邪魔になると思う。
    僕の個人的感情は・・。

    ー でも 何かしら大沢さんが入ってゆく所は
      知りたいと思うのですが。

    わかんないと思うけどね。
    机の上で何かを開いて考える事ではないから。 ほんとに。

    悶々とする感じ。
    ある主題があってその主題をあたまん中で ただ泳がせている感じ。
    感覚的に。 


    〜大沢 たかお〜
    NHK =裸にしたい男= より



    ゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚..:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:


    。。。無は無限を生む。。。






















    ゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚..:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:



















    ゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚..:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:

    互いの心を震わせ 共鳴させ 高く上昇する。。。☆

    • 2013.01.09 Wednesday
    • 13:52
    JUGEMテーマ:スピリチュアル

     http://maria-flow.at.webry.info/201301/article_3.html
    『時として』
    emiryさんのブログです。



    =”時として”=


    emiryさんの記事を読み
    私自身に対してもエールを感じるものとして
    心に強く
    心震える想いを感じ得ました。



    自分を癒し
    自分の周囲にある”気”に触れる”もの”や”人々”を癒す様
    生きる事で
    その行動をあらわし 表現し エネルギーを放つ
    全ての人々に・・・


    下記に挙げる =ライトワーカー=という言葉を
    ずっと前に目にしていた。


     


    その心に抱く 自ら描いているものは 何か・・・


     


    あなたの目の前に広がっているものが
    それを表している。


     


     



    溢れる様な情報に 知らずに彷徨う自らに気づけ。
    今を生きよ 今の時に在れ。
    その目の前にある人の瞳を見て 心通わせよ。
    自我を誘うものに 心 惑わされるな。
    忙しさの中に居ても
    自分の心を 見つめる時を持て。


     


     



    ”自己犠牲”とは ずっと分からないでいた。
    犠牲にする 自らの身を。


    集う人達は その心に愛が在るのに 気付けない人もいる。
    自分の心の中の愛に気づけず


    自分の外にそれを求め続けている。
    求め続けても 何かを得たつもりでも
    満たされず 悲しみの中にいる人が居る。


    自ら
    何かに尽くし 何かを得ようとしている。
    何かを得る為に 何かに尽くすのか
    。。。



    それは きっと 違う。



    何かに対する自らの行動は 
    その行動そのものが自らの喜びと感じた時
    その行動の結果が どんな結果となったとしても
    それに対して 喜びを感じられるもの


    自らが加わった事で 喜びに続いている。
    それでも
    その結果は 直ぐには現れないものもある。


     


    愛は 執着とは 違う。


    愛そのものは 執着とは掛け離れている


     


    心に抱く 自ら描いているもの・・・
    自らの 目の前に広がっているものが
    それを表している
     



    あなたは
    それを心で感じ取り 目で観て 耳で聴き
    全ての感覚を通し
    自分の心の中に通している。


    そして あなたは 生きる。



    自分の中に在るものを活かし
    自らを含むすべてが 光りに続く様
    それらと共に歩んでいるか
    。。。



    目の前に広がる
    例えば 辛く苦しい事も
    直ぐに 一瞬にして どうにもならない事も


    あなたが そこに存在しているだけで
    それらの行く道は 光りを目指しているはず。


    その辛く苦しみだと感じる事を
    まっすぐ見据える事が出来た時
    人はそれを越える様 歩む事が出来る。


    歩み出すその瞬間
    もう それは 困難では無くなる瞬間。


    踏み出す勇気と 魂の在り方
    感じたものを自ら通した後 自らのエネルギーをどう使おうとするか
    。。。



     



    苦しみを感じ 愛に満たされず 悲しみの中にいるものは
    ただ その目の前にある 些細な物事の中に 
    大きな愛 喜び 感謝に気づいていないだけの事。


     



    その
    自らの人生を生き 自らのエネルギーを放ち続ける人々よ。。



    その目には見えないエネルギーが
    生きる事が 何かに対して 力を与えている。



    目には見えなくとも・・・



    自らの道を
    ただ独り歩んでいる様に見えても



    その周囲には
    目には見えない光りに満ち溢れ 愛に満ち溢れている



    目には観えない その歩みは光りと共に 
    光りの放つ先を目指している。


     


     


    ひとりよりも二人、そうして神はあなた方を見守っている


    久しぶりに 大天使ミカエル の言葉を目にしました。






    彼の言葉に
    成田山新勝寺にお参りに行った時に感じた
    大日如来様の化身とも言われる 不動明王様の言葉を思い出しました。






    良く来た。 よくやっているな。 頑張っているな。
      何かに向かう前に しっかり 自分の心を癒しなさい







    □*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□








    ライトワーカーが持つ癒しの力
    =ドリーン・バーチュ- 日本語公式サイトより=
    http://doreen.jp/angelguide/009iyashi.html


    原文:http://www.angeltherapy.com/article12.php


    〜以下 引用 要約文〜


    ライトワーカーとは
    この惑星とそこに住む人々を
    恐れが与える影響から解き放つ手助けをすることを
    自ら選んで生まれてきた人
    のことを いいます。


    どのライトワーカーも
    聖なる目的を持ってここにきている。


    しかし


    地球の生活では 物質的なものに関心が集まるため
    多くの場合 ライトワーカーたちは
    記憶喪失のような状態に陥ってしまう。


    そうして


    自分が
    神の一部であり 完璧であるという自己認識も失い
    地球とそこに住む生きとし生けるものすべてを
    奇跡的に助ける能力を持っていることさえ
    忘れてしまう。


    ライトワーカーが 真の自分も目的も見失うと
    どうしてよいかわからなくなり 
    不安を感じる。


    もしあなたが
    次のように感じることがあれば
    あなたはライトワーカーです。



    - 人を癒すのが自分の使命だと感じている。
    - 世界の社会問題や環境問題を解決したいと思っている。
    - どんな状況もスピリチュアルな方法で解決できると信じている。
    - 霊的な予感や、天使との遭遇といった神秘体験を持っている。
    - 自分は神のように完璧であるという認識をそこなわせるような過酷な人生に耐えてきている。
    - 世界を癒すための第一段階として、自分の人生を癒したいと思っている。



    あなたは
    自分の癒しの体験を
    文章に書いたり 教えたり 助言したりせずにはいられなくなったり


    また 高次の目的を持って生まれてきたことに気づく前
    自分の使命を一刻も早く果さなければいけないと
    感じたりすることがあるかもしれない。


    その使命が何で どのようにして遂行すればよいかも
    よくわからないのに‥‥。



    今 この惑星のいたるところで
    ライトワーカーたちは
    なぜ自分がこの地球にやってきたかを知る 
    かすかな記憶を呼び戻しつつある。


    無視することのできない内なる呼び声を聞いている。



    この呼び声は
    物質的な夢をもて遊ぶことをやめて
    本来の仕事にとりかかる時期がきたことを
    知らせてくれている。


    ライトワーカーの多くは
    霊的なコミュニケーション能力やスピリチュアルヒーリングの能力など
    天性のスピリチュアルな資質を自分のなかに見い出している。


    こういった資質は 新しく始まった千年紀の前後数十年間に
    地球や人類を癒すために自発的に使うように
    与えられたものなのです。


    数々の予言が
    私たちライトワーカーが地球に到来することを告げてきました。


    そして
    今こそ私たちが聖なる目的を遂行する時。
    世界の行く末は、私たちにかかっている。



    ライトワーカーである私たちが自分の使命を果すのに
    既に備えているものに何か付け加える必要などない。


    私たちには十分な資質が備わっている。


    そのような能力は
    まだ使われずに眠っているかもしれないが‥‥。


    ただその代わり
    ライトワーカーとしての能力に自信を持ち
    ライトワーカーとして行動することの恐れを解き放つ努力は必要。


    ライトワーカーとしての力は「自我」からではなく
    =あなたのハイヤーセルフと神=からもたらされていることを思い出せば
    あなたは自然に
    スピリチュアルヒーラーとしての自分の能力を確信できるようになるだろう。


    意思 考え 精神を集中させれば
    どんなことでも癒す事が出来る。
    限界はない。
    自分で自分のヒーリング能力に限界を設けさえしなければ。



    スピリチュアルなアプローチにより 確実に地球を癒すことができる。



    実際のところ
    人間は 純粋に「思い」だけで 水や空気の温度を変えたり
    雲の構造を変えることすらできることを
    科学者たちが実証してきた。


    祈りが 
    動植物にポジティブな影響を与えることを
    専門家なら何年も前から知っている。


    こういった研究を通して 
    ライトワーカーの多くがすでに知っている
    あることが明らかになっています。


    すなわち
    私たちが集団で祈り 癒しを念じることで
    世界の人々に心の傷を与えている終末予言の現実化を回避することができる
    ということです。


    存在するのは
    ただひとつの魂と心だけです。
    私たちは皆 この集合的知性と愛の一部なのです。


    科学研究所で得られた素晴らしい研究結果が
    すべての生命がひとつであること(ワンネス)の事実上の根拠を実証しています。


    日米の科学者たちが
    複数の被験者に血圧と心拍数をモニターする装置をつなぎ
    同時に
    密閉された別室にいる別の複数の被験者に モニターされている被験者に対して
    愛の思いを送ったり 怒りの気持ちを送ったりするようにいいました。



    ある被験者が
    モニターされているある被験者に
    愛の思いを送ったまさにその瞬間、モニターされている被験者の
    血圧と心拍数が著しく低下し
    同様に 怒りの気持ちを送ったときには
    被験者のバイタルサイン(生命兆候)は急激に上昇した。



    私たちライトワーカーは、思いの力にすでに気づいている。


     


    私たちが常に学んでいるのは
    この思いの力は 私たちが考えている以上にパワフルだということ。


    そして 
    ライトワーカーの仕事で大事なことは
    自分自身の考えを常にチェックし
    それが愛にあふれる高次元からきたものであると確認
    すること
     です。


    もし
    恐れや批判的な考えを持ってしまったときには
    そのような考え
    をいつもそばにいる天使に渡して手放すことができる



    このスピリチュアルな仲間は
    私たちが聖なる目的を遂行するための
    サポートをしたがっていることを忘れないでください。


    もし直観で
    ヒーリングを実践するようにというメッセージを受け取ったなら
    それは神の声であり 単なる思い過ごしではないことを確信してもよい


    このところ ライトワーカーたちに
    ヒーリング能力を目覚めさせるように
    呼びかけるスピリチュアルな声が響き渡っています。


    まるでサイキックなレベルの「求人広告」のように。
    その声を聞いた人たちが ときどき私に質問を寄せてきます。


    この内なる声に従って
    失望したり 失敗したりする可能性がないかどうか
    再確認を求めて。


    私自身
    同じことを経験したので、その不安が本当によくわかります。


    私が、二人の子供を抱えた若い母親で、
    無教養な専業主婦だったころ
    自分がヒーラーであり、作家になっているビジョンが
    自然に現われるようになりました。


    そのビジョンを私は恐れました。


    なぜなら
    それを実現する時間も お金も 知性もないと
    思っていたから


    そこで私は
    内なる声を静まらせビジョンを見ないようにするため
    ひたすら食べることに走った


    自分の使命を遂行する準備ができていなかったし 自信もなかった から。


    スピリチュアルな目覚まし時計の
    「スヌーズボタン(アラームを止めるボタン)」を押していたようなものです。


    ひたすら食べることが
    神の計画を先延ばしにする私流のやり方だった。
    食べ物が、聖なる人生計画について語る声や現われるビジョンを
    一時的に遠ざけてくれたのです。


    <strong>体重が50ポンド(約22.7kg)増えたとき、
    私は初めて創造主にすべてを委ねる気持ちになり
    内なるビジョンを現実のものにするために、助けを求めた。


    自分の人生の目的に従おうと決心するや否や
    いくつかのドアが立て続けに開いたことに私は気がついた。


    そして
    考えてもみなかったような奇跡的な方法で
    私が見たビジョンが現実になった</strong>のです。



    生まれてくる前に自ら選んだ使命を受け入れるときに失敗することはない。
    「ひとつの心」がもたらす力と知性に、間違いなどない。


    もし
    私たちに、完璧にふさわしい能力がなければ
    ライトワーカーという役割は割り当てられなかったでしょう。


    私たち人間は
    すべてを知り すべてを愛し すべてを癒すことのできる
    「唯一のもの」に似せて作られているのです。


    私たちは、安心して、癒しを使命として生まれてきたことに自信を持つべきなのです。



    □*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□


     



    □*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□


    日本人の間では昔から
    苦しいこと や辛いことを我慢して
    耐え忍ぶことを=忍耐=と言っているようですが
    仏教ではちょっと意味が違います。


    忍耐とは
    心の平安や平和
    を意味します。


    お釈迦様は比丘たちに
    「忍耐しなさ い」とよくおっしゃいました。


    では、何を? 「寒いとき、暑いとき、蚊や虫にさ されたとき、空腹のとき、 のどが渇いたとき、人に非難された とき・・・、忍耐しなさい」 とおっしゃったのです。


    これは
    「我慢しろ!」という意味で はなく


    落ち着いていなさい 平和な心を 保ちなさい
    。。。ということなのです。


    私たちは、
    他人にちょっと褒められただけで
    上機嫌になって、
    すぐに舞い上がってしまうでしょう。


    舞い上がると 心に大きな波が生じ 落ち着きが失われ
    智慧が消えてしまう。


    ですから
    褒められても舞い上がらず
    平和な心でいなさい。



    お釈迦様は教えているのです。


    それから、
    辛いことや苦しいことに出遭った時も、イライラしたり 逃げ出したりせずに落ち着いている ことが大切です。


    たとえば
    寒さが厳しいとき
    うなるような暑いとき
    暴風のとき
    虫にさされたときなど
    冥想するのがちょっとむずかしい と思うかもしれない。


    でも、
    「せっかく冥想しているのに
    全然集中できない!」 と
    いらだちを起していまうと、
    瞬時に心の平和が壊れてしまう
     でしょ う。


    ここで忍耐が必要になるのです。


    忍耐して
    心の落ち着きを保ち 冥想を続けていくことが
    非常に大事
     なのです。


    また
    生きていれば
    災害や事故などの
    予期せぬ困難に出遭うもの。
    それは避けられないことです。


    たとえば
    山に登っている途中で
    遭難したとしましょう。


    そのとき
    「大変だ、どうしょう!」 と言って、


    混乱したり怯えたりしても、
    全然問題は解決しない。


    パニックを起すと
    死ぬことさえある。


    そうではなくて


    冷静に
    「まあこう いうこともある」 と
    落ち着いていれば、


    次に
    「どうす るべきか」という道が
    見えてくる


    この落ちついている状態が=忍耐=です。


    褒められても舞い上がらず、
    貶されても機嫌を悪くしない、


    どんなときでも
    心が落ち着いている状態のことを、


    仏教では「忍耐」といいます



     〜引用 【充実感こそ最高の財産】A・スマ ナサーラ 著〜 
     

    生きる(活きる)エネルギーの使い方・・・☆

    • 2013.01.04 Friday
    • 15:36
    JUGEMテーマ:スピリチュアル

    『目覚めの時』emiryさんの記事です。
    http://maria-flow.at.webry.info/201212/article_2.html


    チャネラーさんの 彼女が帰ってきました。
    わたしは・・・彼女を待ちに 待っていた。

    □*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□

    人として生きる事とは 様々に
    人々の生の線が絡み合い
    自分自身の人生にも 様々な波紋を投げかけられる。

    それによって 
    自分が思い描いていた自分の道に
    様々な寄り道を強いられるのだ。

    まっすぐで平坦な道。

    それは 穏やかで
    波立てるものなどなければ
    全て 満たされてる様に見えるかもしれない。

    でも
    何かに触れぬよう生きる事が
    本当の意味で 生きる実感を得ていると
    言えるのか
    。。。


    先日 中村勘三郎さんの追悼番組を目にした。
    彼は大石内蔵助を演じていた。

    最終回のその場面。
    自分が将軍だと名乗らず装い
    内蔵助の真意を確かめるため 彼を前に将軍家綱は問う。


    大石内蔵助は その口ではっきりと言葉にする
    その真の目的は 将軍様に抗議する為のものだったのだと。

    全ての人々の想いを一手に引き受け
    自分の命を掛けて 伝えるべき事はその真意を伝え
    武士としての忠義を保った。

    =リーダーとなる人へ 真意の元に 自分の命をかけて意見する。=

    それは 自分の命そのものをかけるほど たやすいものではない。

    何かに流され
    真の自分の人生を生きているのか迷う現代の人々に
    その時代に生きた人々は 問い掛ける。

    その行く道は それで良いのか?
    ・・・と。
     


    人の触れてほしくない本質・流れている物事のほんとうの本質に
    しばしば 人は知らず々気付かされる。 

    人が 躊躇し それに触れぬよう 観ぬようしていても
    それに触れない限り その先に進む事は難しい。

    曖昧な姿勢 曖昧に生きる事に慣れてしまうと
    なんだか なまぬるい空気の中で
    生き続けて居る様な気がする。

    そこを越えるのには それを観ない様にするのではなく
    それをしっかりと捉え 導かれる道を探す事から始まる。

    在る事象の中で
    時間と共に様々に人の心が触れ合ってくると
    おのずと その物事の本質が観えてくる。

    それは 言葉のみによって明確になるものでも無い。
    そして
    一瞬で この目の前に広がるものではない。

    その人の生き方
    言動と行動 明確ではない無意識にある些細な所作・・・
    それらが その人の真実を露わにしてゆく。

    >心の闇・・・とは
    誰の中にも生じさせてしまう
    それを 大きくさせてしまう
    一人の人生では生じえない事 どうにもならない事も
    この身に降りかかる。
    そんな事が 人の人生にはある。




    。。。彼女のメッセージは語る。。。


    >心の闇を追い払おう。
    >怒りに身を沈めてはいけない。

    >人生とは
    >常に目の前にある物事と向き合う必要がある。
    >心の痛みを追い払おう。

    >生きるために大切な事は
    >愛する喜びを知ること。

    >自分を苦しめる全てのものは
    >天空へ放とう。

    >自分を癒し 慰め 包み込む
    >大きな愛の中に埋もれる現況の中に
    >身を沈め、決断ができない時、
    >心の闇が広がりを増す。


    >祈りをもって真実に立ち向かう時、
    >光の輪に包まれる自分に気づこう。

    >光は
    >あなたに新しい息吹を与える。

    >あなたは、安らぎとともに
    >愛の担い手としての自分に気づこうとする。

    >慈しむ心、うらやむ心、その両面において、
    >応えられるほどの心の広さを持とう。

    >つたない自分、未熟な自分に心を閉ざしても
    >人類は皆、未熟な魂なのです。

    >心が傷つくのは
    >愛する心を持っているから。。。

    >自分=他人。 
    >自分にとって他人はあなたの一部分。

    >どのように捉えようと、
    >心に伝わる思いは、
    >心の中の変化を呼ぶ。

    >人は、
    >それぞれが触れ合いの中から
    >何かを学び取るもの。

    >それは
    >誰もが通る道、そのように捉えよう。

    >心の傷は、誰もが通る心の変化
    >それにより感化され、成長を促す。

    >学ぶことで、
    >人に対する接し方を考える機会と考えよう。

    >心癒されれば、元の姿を現す。

    >あなたは本来、やさしさの中の自分を愛している。
    >あなたは、本当の自分は
    >愛する心とともにあることを知っている。

    〜一部引用以上〜

    ゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:。†゚.:。£+゚..:。£+゚.:。†゚.:。£+゚.:





    人は生きるから
    その人独自のエネルギーを放っています。

    人と人の間に
    物事の動きの流れの中に
    人は生きる事で そのエネルギーをそれぞれが加えている。

    エネルギーを加えると その物事・人々の関係は
    そのエネルギーを加えなかった時よりも大なり小なり
    または 時にその結果を大きく左右させてしまうほどに
    変化をもたらす事もあるのです。

    エネルギーは 変化をもたらす。

    それを投げかける事をしなければ
    後に 自分に返ってくるものはありません。
    。。。だけれど

    何も投げかけない事が
    本当に 何も変化をもたらさない事になるのか
    。。。
    エネルギーを持つそこに生きるその人が
    その場に何も投げかけないからと
    その結果には 何も影響を与えられないのか・・・

    何のエネルギーも加えない。

    自分のエネルギーをその場に積極的に投げかけない事も
    その結果は
    その人のエネルギーによって変わる事が出来たであろう可能性を
    断つ結果を もたらす事にもなるでしょう。

    また エネルギーを加えない事で
    その他の人のエネルギーが いつも以上に発揮される事もあるだろう。

    その人が生きるのに
    その人の生きるエネルギーが活かされない。
    それが その結果の一つとなったり

    誰かが自分のエネルギーを活かさない事で
    他の人のエネルギーが伸びるという事もあるだろう。


    エネルギーは目には見えない。


    エネルギーを投げかけ加える事で 返ってくるものがある。
    どんなものが返ってきたとしても
    それは 全て 自分の責任になる。

    いや・・・責任という事ではなく
    生きる限り 生ある限り
    その互いの目に見えないエネルギーの交わりで
    人の関わり方が成り立ち 物事の行方もそれにかかってくる。
    投げかけたものが 返ってくるだけなのだから
    誰にも文句は言えない。

    その覚悟を持ち
    自分の行い(エネルギーを加えた事)の結果を受け取る事が
    その後の流れを掴み・コントロールする事に繋がる。

    自分自身に訪れるものは
    全て
    自分にとって必要なものである。

    五感の感情に触れる
    喜び 苦しみ 悲しみ 豊かさ
    試練 トラブル 
    全ては
    大いなる存在からの贈り物。

    そこに気づき
    全てを喜びに変わるもの 喜びそのもの・・・と 受け入れる覚悟を持てた時 

    本当の幸せ 豊かさ が降り注いでくる。

    。。。まず この瞬間にある 今在る 豊かさに気づこう。。。

    私達はすでに
    無限の『豊かさ』に囲まれ 生きている。

    そこに気づき 感謝する。

    何かが
    どんなに変化しても 自分がここに在り続ける事が
    真の豊かさであり 幸せなのである。
    そう実感できれば
    何が訪れようと 心配する事はない。

    自分が今この瞬間に在り続ける限り
    エネルギーを与え 結果を良き方向(与える側にとって)に変える為
    何らかの学びを得る為
    自分らしいエネルギーを放っている。

    エネルギーを加える事が
    全て良き方向(そこに加わる全ての人にとって納得のいく方向)に
    結果を生むわけではない。

    だが
    その悪い方向(そこに集う人達のエネルギーの調和から掛け離れたもの)に変化している様に見える中にも
    何らかの学びがあり そこに在る人々の魂へを磨き掛けるものがある。

    そんな風に

    生きる事をエネルギーの使い方 そこに在るエネルギーをどう捉え
    どう 自分のエネルギーをどんなタイミングでどんな方法で使えば
    その場にある空気 エネルギーが調和されて行くのか
    時には使わない(時が来るまで使わないとか その時必要ないなど)という選択も
    全体の調和を考える時には必要になるのかもしれない。

    私自身が今ここに居る場の空気や 人々との関わりの中で
    今年はそれらの全体のエネルギーを観て 感じ 実践してゆく年にして行こう。









    □*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□*■*□

     

    思い出していた・・・☆

    • 2012.08.24 Friday
    • 19:58
    JUGEMテーマ:精神世界をめぐって



    ある人の
    周りに居た霊達と関わった事。

    その人の娘ちゃんやお孫ちゃんとも一緒になって
    関わっていた。

    彼のお母さんの遺骨が傍に来てから 落ち着いている。



    あのころの事が まるで夢のよう・・・



    彼を守る為の守護的な霊とも関わりを持っていた。

    彼らが言っていたのは
    文字を目にして それを言葉にする事によって
    霊的な存在にも 理解できる。

    彼らは 
    一つの想いを深める事が出来ない。

    堂々巡りになってしまうのだ
    その一瞬の死を迎えた時の感情の中に
    グルグル回り続けている感じ

    そこから なかなか脱する事が出来ないでいる。

    お経の様に 繰り返し 文字を目にして
    言葉として 音にして発声し 伝え続ける事。

    そういう事が大切だと 私は教わった。




    人間

    生きている今でさえ 同じ様な間違いを
    人は繰り返す。

    でも
    それは 間違いというのでは無く

    その人に対する
    一つの気づきである様な気もする。


    何かの
    つまずきであったり 問題であったり

    出来れば
    そういうものは 避けて通りたいと
    安穏な日々を生きたいと

    人は願うであろう。


    でも
    自分の意識が そこに向き
    何かに気づくのには

    そのものが はっきりと
    目の前に映り出される必要がある。

    はっきり形にならないものの中に
    何かを捉える事が出来た時
    新たにそこから派生してゆくものが生まれてくる。


    自分の想い 自分の行い 自分のやり方と 違うものが
    自分の目の前に現れた時

    違和感が生まれ
    その現象の真意に気づく事に邪魔をさせるものがあったとしても

    それを越え
    そこにある真意を見つめようとしたとき
    初めて 気付く事が出来る
    。。。

    自分の中から生んでいたものとは違うものが
    ほんとうは どういうものなのかを 
    知った時

    その人の世界に

    新たな発見と 新たな創造が生まれるきっかけが訪れ
    その人の世界は確実に広がり始める。



    自分の感じ方
    自分の思考の方法
    自分の行動と 違うものが

    何故
    生み出されているのか。

    何故
    今 ここにある自分と触れ合う事になっているのか。


    自分の世界への新たな発見 創造が
    その世界を広げ続けて行く
    。。。

    ワンステップ上の次元
    高く 上昇してゆく様な感覚
    。。。





    何かが・・・
     
    気持ちが心地良く流れていない
    不快だ・・・

    。。。と肌で感じても

    それを繰り返す 過ちを繰り返す事が
    人にはある。

    でも
    繰り返すのは

    その深き所に いったい何が流れているのかを知る為

    心の奥底のそんな気持ちが
    そうさせるのかもしれない
    。。。

    はっきりとしない わけのわからないもの
    言葉にならなくても 手に取る様に形にならなくても

    その人に 気付かせる 何かが

    その何かわけのわからないものの中には 
    そんなものが秘められている
    。。。


    何も見ないように 時を生きるよりも

    自ら そのにある何かを感じ取り
    深き所に流れているものを掴み
    自らのやり方で何かを表現してゆく

    感じたものは 自分の中から表現されてゆく。

    生きる事とは
    繰り返し 何かを感じさせてくれる様に環境を与えられ続けている事。



    感じる事・・・が まずは とても大切。





    無償の愛を自分の心に生み 育てて行くのは
    実態のある人として生きる中では
    とても 困難であり難しい。

    実態の在る私たちには
    形になるものを必ず身に纏っている。

    身に纏う
    生まれ落ちた環境。

    次々と荷物を背負う様
    様々なものを身に纏い 時を重ねてゆく。

    身に纏うものが 何かを制限させる。

    たとえば

    魂だけの存在であったら
    その心の純粋なまま 行動に出来るはず。

    身に纏うものを持ちながら 人は何かを手放す事に迫られる。

    ただ

    その人らしく生きる為
    その人の
    心の奥から湧き上がる想いのままに生き
    自らの世界を生きる為

    人は 与えられているものの中で 何かを選択し 何らかの行動としてゆく
    。。。

    それが その人の世界を創り出しているのだ。



    そんな風に 自らの世界に生きたいが為
    試練といわれるものを 人は越え続けているのだろう
    。。。




    その人の心から発する波動が 広がって
    霊界に居る存在にはわかるのだと言っていた。

    どんな
    その人の持つ感情 感覚であっても
    そのものが持つ素直な反応
    生まれ続けている
    その人の心の奥から湧き上がってくるもの
    。。。

    それは

    偽りなく その人の周りに広がって
    その人の持つ世界は
    その人の周りに影響を与え合う
    。。。



    穏やかに 愛を湛え 
    どっしりと 深く 広大な意識が湧き続ける

    その周囲には
    その波動が 波紋となって 広がり続ける。
    。。。


    その大きな世界に 包まれる様な感覚。




    その人の 望む世界は
    その心を 純粋に素直に開放させてゆく事で
    どんどん広がり続け 実現に向かわせる
    。。。



    与えられているものが 何か・・・というのは
    あまり 関係がない様な気がする。


    自ら 何を選び 何を生み出そうとするのか
    。。。が とても重要だ。



    自分自身の心の奥底から 自然に湧き上がるものを 
    清く 澄み渡らせる様に
    。。。


    自ら 観るもの 目にするもの 耳にするもの

    こころに 全て 通ってくるもの
    。。。

    自らの力で
    それに
    自らの力を エネルギーを加え 共に 共鳴させ

    澄み渡る響きを
    自分の周りに広げて行く
    。。。


    一人
    生きている様に観えても

    必ず 共鳴する目に見えない存在が共にある

    自ら生んでいるものは 同質のものを引き寄せ
    それが どんどん広がり増してゆく 

    その人の
    素直に湧き上がる純粋な 想いは
    ストレートにその周りに現象として表れる
    。。。



    あなたの心は 喜びに満ち
    あなたと共に あなたの周囲が 喜びの世界になる。



    喜びの時は 喜びの中に・・
    愉しさの時には 愉しみの中に・・

    困難・苦難を越え
     
    何かを手にし 
    その中から 確かなものを実感する


    その時 初めて その人は知る事になる。

    それが 
    自分の世界に融合されていたものだったのだと。


    違いがある様に見えていても
    それは
    もともと 一つのものであり 全ては 繋がってたものであったのだ
    。。。と。




    与えられている道
    自らの主導にするのには
    自ら選択する力が必要だ。

    選択する為 
    一つの行動を起こす
    一歩踏み出すのに勇気が必要な時

    度々 何かを選択しなければならない場面で
    自分の持てる力を最大に発揮する必要に駆られる。

    その人の勇気がひとたび放たれれば
    その人の人生 その人の世界観は
    また 大きく広がってゆく。



    とめどないのだ・・・留まる事がない
    。。。

    生きるという事は

    何かを感じ 感じたものから 何かが生まれ
    そこから
    行動が生まれ その行動が
    その人を創造してゆく その人の世界が創造されてゆく
    。。。






    その人の世界 その人から創造されてくるもの

    それは
    与えられるものが何かを生むきっかけを与えられ 

    そこから 何を自ら選択し 何を生もうとするかで
    その違いがまた 生まれてくる。




    何を与えられても
    自らの世界は 自らの手でどうとも創造する事が出来る。



    今 目の前に広がる世界は 自ら創り出した その人主導の世界♪

    何かを選ばないのも・・・

    それは 選ばない事を その人が 選択した世界なのだろうと言える
    。。。











    +*゚。*。゚*+―+*゚。*。゚*+―+*゚。*。゚*+―+*゚。*



    私は
    幸せでありますように

    私の悩み苦しみが
    なくなりますように

    私の願い事が
    叶えられますように

    私に悟りの光が
    現れますように


    私は 幸せでありますように


    *:.。o。.:*

    私の親しい人々が
    幸せでありますように

    私の親しい人々の 悩み苦しみが
    なくなりますように

    私の親しい人々の 願い事が
    叶えられますように

    私の親しい人々に
    悟りの光が 現れますように


    私の親しい人々が 幸せでありますように

    *:.。o。.:*

    生きとし生けるものが 
    幸せでありますように

    生きとし生けるものの 
    悩み苦しみが なくなりますように

    生きとし生けるもの 
    願い事が 叶えられますように

    生きとし生けるものに 
    悟りの光が現れますように


    生きとし生けるものが 幸せでありますように


    *:.。o。.:*

    私の嫌いな人々も 
    幸せでありますように

    私の嫌いな人々の 
    悩みや苦しみが なくなりますように

    私の嫌いな人々の願い事が
    叶いますように

    私の嫌いな人々に 
    悟りの光が 現れますように


    生きとし生けるものが 幸せでありますように


    *:.。o。.:*(✿◡‿◡ฺฺ)。。♬゚.:。†゚.


    *:.。o。.:*☆

    ☆*:.。o。.:*


    「やさしい」って どういうこと
    〜アラボムッレ・スマナサーラ 著より〜





























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